キャラクター詳細
ナシャタウンは「騒がしい」街だ。
昼間は商人たちの話し声や、無法者たちの小競り合いが街中にあふれかえっている。
そして夜になると、陰謀家の囁きや賊たちの密談があちこちの仄暗い部屋で交わされる。
こういった野心や狂気の企ては、軽やかに舞う蝶の如く、ナシャタウンのあちこちを静かに揺蕩っている。
数多くの人々が、水と緑に溢れた安息地に辿り着けると信じて、その蝶を追いかけていった……
しかし蝶を捕まえるのに長けた猫は、高台に座り込んで、幻を追い求めて争う人々を——彼らが奈落の底へ落ちていくのをじっと見下ろしている。
「アシュル。」
猫は飼い主に呼ばれて振り向くと、自分には関係のない出来事などすっかり忘れてしまった。
世界がどう変わろうとも、主人の手には大好きな煮干しが山ほどある。彼女のそばにさえいれば、猫は腹を満たすことができるのだ。
キャラクターストーリー1
「ネフェル、教令院に入ってからも、手紙を書くことを忘れないでくださいね。いいですか?」左右で異なる色の目を持つ友人は、ネフェルの手を取り、微笑みながらこう言った。
故郷を失った子供は、ぎこちない笑みを浮かべて頷いた。数日後には使者と共に教令院へ向かい、新たな未来へと歩き出すことになる。
当時の幼いネフェルにとって未来はあまりにも広大なもので、自分がどこにたどり着くのかさえ分からないほどだった。しかし、彼女は自分がこれからどうなっていくのか、その混沌とした想像に浸ることを、むしろ楽しんでいた。
アムリタ学院に入れるのが理想だ。砂漠の植物や生物を見分けるのは得意だから、生論派の研究にはきっと向いている。それがダメなら…クシャレワー学院でもいいだろう。機械仕掛けの装置は見ているだけでも面白いし、手先も器用だから、もしかしたら妙論派にも受け入れてもらえるかもしれない。ただ、スパンタマッド学院は諦めたほうがいいだろう。「神の目」がないから元素力を扱えず、大変な思いをすることになりそうだ。残りは…確か、ハルヴァタット学院と、それからルタワヒスト学院……
そんなことを考えながらネフェルは眠りについた。以前は時折、あの薄暗い地下室の夢を見た。彼女は夢の中で、独りぼっちで耳をふさぎ、誰にも見つからないように息を押し殺していた。しかし、地下室の扉は突然勢いよく開かれ、赤く染まった刃が振り下ろされる…そこで、彼女は叫び声を上げて目を覚ます。
しかし今となっては、素晴らしき学院での未来が夢の全てを占めており、過去の影が爪を伸ばしてくる余地はなくなった。
だが現実は、砂漠の流砂のように、想像を跡形もなく呑み込んでしまうものだ。
「…ネフェル?ああ、砂漠の人間か。君は因論派だ」
学者はネフェルを見下ろし、酷薄に宣告した。
「まだ、分院試験を受けていません。」
「分院試験?その必要はない。本を持って、手続きに行きなさい。」
「……」
学者の答えは冷たいものだった。この問答は、既に結論が定められたものに過ぎなかった。
「分かりました。」
砂漠から来た学生は頷き、本を手にして黙々と自分の道を歩き始めた。
彼女に対する傲慢な理屈の数々は、学者の喉を詰まらせそうになるほどに取り揃えられていたのだ。
「…チッ、砂漠の人間ごときが。」
…ともかく、教令院の指の隙間から、ついに一滴の水が砂漠へと滴り落ちたのだ。
彼女のような砂漠の人間からすれば、その一滴を手に入れたというだけでも、非常に大きな進歩だった。
……
彼女の後姿を見て、別の学者が顔をしかめた。
「教令院に入学した全ての学生には、分院試験を受ける権利がある。こんなやり方が認められるものか!」
「ジュライセンよ、私は規則に従っているだけだ。わざわざ事を荒立てる必要がない。そもそも砂漠の人間を受け入れるというだけでも十分……」
「ワシの目に映るあの子は、砂漠の人間でも雨林の人間でもない。ただ教令院に学びに来た、一人の学生だ!」
「…分かったから、声を抑えてくれ。アザール一派に聞かれたら面倒だ。」
キャラクターストーリー2
静かな夜、揺らめくろうそくの炎が便箋を照らしている。友人に宛てたその手紙は、まだ書き始めたばかりだった。
「親愛なるキャンディスへ。教令院での学生生活が始まったよ…」
ネフェルの筆はそこで止まった。何を書くべきか悩んでいるようだった。
記憶の底までひっくり返しても、思い出せるのは同級生たちの悪意ある、または無邪気で残酷な質問のことばかりだった。
「砂漠の人間って、殺し合いをするんだろ?原因は何なんだ?書物には大半が金や水源を巡る争いだってあったけど、本当なのか?」
「砂漠の人間って単純な算数もできないんでしょう?教令院が人を派遣して、教育してあげてるって聞いたわ。」
「君たちは何を食べるんだい?砂漠の人間は動物の生き血をよく飲んでいて、そのおかげで過酷な環境でも生きていられるって聞いたよ…ふふ、これホントなのかい?」
……
都市部の温室で育った学生たちは、ネフェルを「同級生」どころか、対等な存在としてすら接することがなかった。
彼らにとってネフェルは、好奇心を満たすための真新しい鑑賞物に過ぎなかった。「自分は彼らに踏みつけられるためにここにいる」——ネフェルにはそう思える瞬間すらあった。
ネフェルはきちんと説明し、時には怒りを表明した。あらゆる資料を集め、砂漠での微かな思い出まで掘り起こした。すべては、彼らの考える「砂漠の人間」などどこにもいないと証明するためだった。
「…教令院にあたしの居場所はないのかもしれない。アアル村に帰るべきなのかも。キャンディス、あんたに会いたい…」
……
だが便箋一切れに、彼女の本当の気持ちを全て書き込むことなど不可能だった。それに、手紙を無事に届けるためには、行儀のよい言葉遣いをする必要もある。
ネフェルは引き続き手紙を書いた。教令院での新鮮な出来事、各学院の特色、スメールシティのグルメや変わった人々、そして華やかなグランドバザールのこと…
やがて「近況報告」の最後には、受け取り手を安心させるための、幸せの上辺を切り取った言葉が添えられた。
「…新しい友達ができた。彼女、お香にとても興味があるんだ。機会があればあんたに紹介するよ。」
「親愛なる友人、ネフェルより」
キャラクターストーリー3
「…お前は作り話の達人だな。新入りさんよ、スメールだか砂漠だか、どこの出身か知らないが…」
無礼なトレジャーハンターは肩をすくめ、目の前の砂漠の人間を一瞥した。「仲介人」によれば、彼女はナド・クライの期待の星だとかで、蛇のような狡猾さと知恵を持ち合わせているらしい…
トレジャーハンターはこう考えた——ふん、どうせ「仲介人」が金目当てに大ぼらを吹いてやがるんだろう。ナド・クライじゃひと月と持ちそうにないじゃないか……
「あんたが取り立てようとしていた借金なら、もう回収しといたよ。」
暗紅色の銭入れを目の前に突き出され、ベテラントレジャーハンターは凍り付いた。
彼女を雇った理由は、まだ本人に伝えていないはずだった。
「そしてあんたも、借りたものを返す時だ。」
それはほんの一瞬の隙だったが、毒蛇が獲物の首に嚙みつくには十分すぎるものだった。
トレジャーハンターは咄嗟の反応すらできず、身動きも許されないまま…堕落した獣は、ついにその身を滅ぼした。
故郷を失った砂漠の人間は、ゆっくりと息を吐いた。外で静かに待機していた者が、無言で部屋に入ってきた。
「ネフェルさん。予定通り、残りも片づけました。こいつで最後です。」
ネフェルは頷いた。この悪名高いトレジャーハンターこそ、排除すべき最後の「支配者」だった。
かつて、ナド・クライはこういった「支配者」たちによって牛耳られていた。彼らは密会を重ねて領土を割り振り、皆のものであるはずの楽園を私物化し、手下を使って暴政を敷いた。それは故郷から逃げ出したような人々にとっては最も忌まわしい、暴君や独裁者の振る舞いそのものだった。
だがネフェルは知っている。こうした「支配者」たちに忠実に従っている獣たちですら、かつては自らの手で王座に就くことを夢見ていたのだ。
今、獣たちは支配者の死を知り、かつて幻想だと諦めたその夢が実現するかもしれないと気付き始めるはずだ。
これから彼らは互いの肉を引き裂き、略奪し、野心の炎に身を焦がし、己の骨と血で世界を支配する王冠を作り上げる。
そしてネフェルは、王冠が完成するその日に、それを粉々に破壊するのだ。
「…ネフェルさん、次はどうしますか?」
「待つのさ。」刺客のボスは端的に答えた。「夜が明けて、騒ぎが落ち着くまでね…」
未来の秘聞の館の主は、自らが掌握する混沌に思いを巡らせ、再び口を開いた。
「人手を増やしな。無関係な人間は巻き込むんじゃないよ。」
「彼らはこの先、大事なお客様になるんだから…」
キャラクターストーリー4
ナシャタウンの中央に鎮座し、いつも扉を固く閉ざしている「秘聞の館」。そこはナシャタウンの住民たちに、様々な都市伝説を提供し続けている。
スメールから来たという館の女主人は、「秘聞の館」で謎の儀式を行っていて、奇形の手下を育てているなんて噂もある。時が来れば、彼女はその獰猛な猟犬たちを解き放ち、あちこちに駆け巡らせて破滅をもたらすのだとか…
ほとんどの人は、こういった噂が作り話であって信憑性に欠けることを理解している。しかし謎めいた女主人の逸話は、酒の席では新鮮な話題となるのだ。
一方、内情を知りつつ、「秘聞の館」を訪れざるを得ない人々にとって、ネフェルとの会話は決して愉快なものではない。彼らに言わせるなら、飼いならされた獣や邪悪な魔法に立ち向かうほうがまだマシだ。少なくとも、そっちの方が満足感はあるだろう。
とはいっても、彼らをもてなす際のネフェルは、ただお茶を淹れて普通に話をしているだけだ。その手でどこかのマフィアを潰したり、どこかの大物を破滅に追い込んだり、あるいは他者の争いを扇動したりしたことなどないかのように振る舞う。ナド・クライの濁った水をかき回し、ちょうどよい濁り加減に保ったりなど、もってのほかと言わんばかりに…
ある時、愚かな若者が女主人に向かって刃を突きつけ、震えながら脅迫した。ネフェルの計略がどれほど緻密であろうとも、しょせん生身の人間に過ぎない。この刃を突き立てることさえできれば——
この取るに足らない脅しを、女主人は意にも介さなかった。それどころか、称賛の笑みすら浮かべてみせた。少なくとも彼は、己の心に従って剣を抜いたのだ。かつて報復をほのめかしながら、虚勢を張ることで利益を得ようとしていた連中とは違う。
ネフェルは、若者の愚かながらも称賛に値する勇気を認めた。そこで彼女は、勝利の道を歩むことができるのはどんな人間なのかを、彼に教えてやることにした。
確かに、ナド・クライには多くの手ごわい人間がいる。莫大な富を持つ者、比類なき名声を誇る者…しかし、そんな人々でも勝利をつかむことはできない。
富と名声は足枷となり、ためらいを植え付け、決断を阻む。人々は高価な花瓶を割ってしまうことを恐れて、身じろぎ一つできなくなる。また彼らは老いと共に、死の臭いを嗅ぎつけられるようになってしまっている。過去の後悔が押し寄せ、思い出と死の板挟みになり、恐怖と不安に眠れぬ夜を過ごしているのだ。
「いいかい?あんたはまだ若く、後先がある。その若さこそが、あんたを凡庸な未来から救うんだ。」
館の主人は微笑むと、若者が名を上げるのには十分な依頼を任せた。
「自分にどんな偉業が成し遂げられるか、考えてみな?」
……
また一人、「秘聞の館」から客人を見送ると、ネフェルは扉を閉めて、アシュルのお椀に水を入れてやった。
そしてしゃがみ込むと、水を飲んでいる猫に話しかける。
「…ほらアシュル、また一人、臨時雇いが増えたよ。でも惜しいねぇ…勇敢さはあるけど、同時に心配性なんだ。これじゃ、そこまで伸びないね。」
「街の人間は大体ふるいにかけたけど、面白い人間が見つからない…」
「ウニャニャ?ニャ、ニャ~ン…」
「今日は水を注ぐのが遅かったって?ははっ、分かったよ。あんたのために、正社員でも探してみようか。」
「面白いやつかどうかは二の次だ。まずは…あんたがいつでも水を飲めるようにしないとね。」
「ニャ!ニャンニャン!」
キャラクターストーリー5
「秘聞の館」が一般に開放され、誰もが依頼を出せるようになった時、ナド・クライの住民の中には驚きのあまり言葉を失う者もいた。
この情報を聞いた大人たちの反応といえば、まず自分の子供に、こう強く言い聞かせることだった。
「あの場所には絶対に近づいちゃダメだからね!」
そして大人たちは、街に伝わる数多くの都市伝説を証拠として持ち出した——たとえその大半が根も葉もない作り話だったとしても。「秘聞の館」に対する大人たちの不安は、おおむね未知のものに対する本能的な警戒心から生じるものだったのだ。
しかし、子供たちはそこまで深く考えたりはしない。ただ、ネフェルというお姉さんがよくしてくれるということだけは知っている。彼女はきれいで、優しくて、声も素敵で、さらには飴だって買ってくれる。彼女が聞かせてくれる話は、時々ちょっと怖いものもあるけれど、大人たちの説教に比べればはるかに面白かった。
子供たちはこう考えた——あの緑の服を着たお姉さんは「秘聞の館」の主人。そして彼女はいい人なのだから、「秘聞の館」も楽しい場所に違いない、と。
そういうわけで、「秘聞の館」を最初に訪れた一般客は、泣きじゃくる子供だった。館のスタッフに慰められ、なんとか落ち着いたその子供はこう言った——両親が商売に出たまま帰ってこない。どうか探してほしい。
その小さな願いはすぐに叶えられた。手がかりをつかんだ鉄腕の少女が颯爽と飛び出し、両親をならず者の手から救った。ネフェルは報酬として、少女の頭から髪留め一つをもらった。
こうして、一つ目の種が芽を出したのだった。
この出来事を少女が生き生きと語ったことで、依頼の一部始終は次第に世間へと広まった。すると「秘聞の館」を訪れたいという者が一人、また一人と現れた。彼らは勇気を振り絞って、かつて謎のベールに包まれていたこの屋敷を訪れ、自らの悩みを打ち明けていった。また、大胆にも「秘聞の館」に忍び込み、いつもけだるそうにしている黒猫と遊ぶ子供たちすらいた。彼らはネフェルが帰ってくると、笑いながら散り散りに去っていくのだった。
今となっては、「秘聞の館」はナシャタウンを取り囲む川のような存在となっている。人々は水を汲みに来たり、遊びに来たり、時には川岸でささやかな拾い物に出会ったりする…
何も知らない普通の人々にとっては、川との関わりはここで終わりだろう。
深き水に足を踏み入れた者だけが、川の静けさと穏やかさが表層的なものに過ぎないことを知る。川は全ての支流を従え、全ての水が自らのもとへ集まるように仕向けている。その最深部では、冷酷な暗流が激しくうねり、水面に浮かんではならないものたちを水底に引きずり込んでは、泥や砂利の下に封じている。
この川の真相を覗き見られる者は、ただ一人だけだ。
……
「姐さん、今度から猫捜しの時はアシュルに行かせてよ。あたいには猫語なんて分かんないんだからな——」
鉄腕の少女が、唇を尖らせながら「秘聞の館」に飛び込んできた。
ネフェルは帳簿を閉じると、机に飛び乗ったアシュルが当然のように横になり、「秘聞の館唯一の正規従業員」による激しいマッサージを受けて転がるのを見守った。
「ふーんだ!毎日店の中で餌だけ食べて働かないなんて!今度、外の仕事に連れ出してやるかんな!」
「ニャ!ニャニャニャ!」
窓の外では、明るい日差しが降り注いでいる。水面に映れば、波しぶきが美しくきらめくだろう。人々は舟を漕いだり泳いだりして、それぞれ楽しいひと時を過ごしている…
水底深くに沈んだものについては、誰も知る由もない。
アシュル
ネフェルがトキの王と交渉した時のこと。アアルに閉じ込められて連絡が取れなかったトキの王は、使者——すなわち、子猫のアシュルを派遣した。
そしてその子猫の体を借り、トキの王とネフェルは短い会談を果たした。
興味深いことに、アシュルに憑依したトキの王とアシュルの間には、身体的な感覚の共有が生じていたらしい。
残念ながら、ネフェルがそのことに気づく前に、狡猾なトキの王はアシュルの体を離れ、アシュルを普通の子猫に戻してしまった。
ネフェルがアシュルをいつもそばに置いている理由は——
アシュルがかわいいからだけではない。
館の女主人は、こう考えているのだ。トキの王が再びアシュルの体を借りて交渉に来るようなことがあれば…
今度こそ、その「絶好のチャンス」を逃してなるものかと。
月の輪
「…確かに、交渉の材料としては十分だ、ネフェルさん。」
「北の大陸情報網」からの使者は、ネフェルからの思いがけない提案を受け入れた。使者は「秘聞の館」に、裏切り者を見つけて制裁を加える手伝いをしてほしいと依頼しに来ていた。だがネフェルは全てを予見していたかのように、目的の人物は3日後、取引のため「秘聞の館」を訪れると語った。その後、裏切り者のことは好きにしていいという。
そしてネフェルが見返りとして要求したのは、「トップの人間と話をさせろ」というものだった。
使者は老齢のエージェントを思い浮かべた。「北の大陸情報網」において絶大な権限を持つその人物は、後継者探しを始めていた。そして今回の「秘聞の館」の訪問も、ほかならぬ彼が許可したことだった。もしかすると、あの老人は既に……
ネフェルとエージェントの会談が実現すれば、「北の大陸情報網」のトップの座は、思いがけない人物の手に渡るかもしれない。
使者は不必要な波風を立てかねない思考を胸の奥にしまい込むと、ネフェルに礼を述べてから立ち去った。
……
使者の後姿を見つめながら、ネフェルは天高く放り投げた「月の輪」をキャッチした。
その「月の輪」は、使者との話を終えた後、使者が持ってきた贈り物の箱の底に現れたものだった。真珠や黄金の中に紛れているそれを、ネフェルはすぐにただならぬ逸品だと見抜いた。普通の人間には作り出すことなどできず、ましてや贈り物のリストにも含まれていない。
だがネフェルが気になったのは、「月」にまつわるもう一つの出来事だった。
昔、彼女はアアル村で虚言の名人と話をしたことがあった。「トキの王」と呼ばれるその佞臣の口達者ぶりは、今でもよく覚えている。彼は自分がどうやって3つの月を渡り歩いたか、いかにして地上の愚かな人々を導き、万物の運命の糸を紡ぎ、万物を反映させたかを自慢げに語っていた。そして彼はスメールにたどり着き、キングデシェレトに見出され、偉大なる「キングデシェレトの七柱」の長になった。キングデシェレトと酒を酌み交わし、花神と共に緑を育て…要するには、彼の恩寵を受け入れれば、並外れた力が手に入るという話だった。
ネフェルはそんな戯言を信じるはずもなく、老いた詐欺師が自分の信頼を勝ち取るために即興で仕立てたデタラメだと一蹴した。そもそも、キングデシェレトにより罰せられ、アアルに閉じ込められた佞臣は3人いる。長い歳月の中でその3人が結託し、民を騙すための作り話をでっちあげていても不思議ではない。
「お前は何も信じないというのか?」子猫に憑依したトートは、怒りを露わにして言った。彼の毛は逆立っていたが、それはわざとではなく、猫が怒るとそうなってしまうというだけだった。
「神がその知恵をもって騙そうとすれば、人は必ず騙されるだろう。」ネフェルは肩をすくめた。「だから、あんたの言うことは一言も信じられないのさ。」
「でも、あんたがあたしにくれるという力のことは信じよう。」故郷を失った砂漠の人間は微笑んで言った。「あたしにはもう何もないんだ。それ以外に信じられるものは、もう何も…」
……
ネフェルは「月の輪」を弄びながら、思わずニヤリとした。
——トートの数々の嘘の中にも、少しだけ真実が混じっていたようだ。
それから、彼女は待ちわびたこのプレゼントを書類袋に放り込んだ。
3日後の会談で、このとんでもない品が相手を縮み上がらせてくれるだろう。