キャラクター詳細
花見坂で、宵宮の名は知れ渡っている。
稲妻で最も腕の立つ花火職人である彼女は、「夏祭りの女王」とも呼ばれている。
「長野原」の衣鉢を継ぐ宵宮は花火に幻の姿を与え、人々に無類の体験を与えている。
職人の身分を除くと、宵宮は子供たちの「英雄のお姉ちゃん」でもある。子供たちにとって、どんなトラブルが起きようとも、宵宮姉ちゃんはそれを解決することができる。
想像による恐怖も、残酷な現実の陰りも、宵宮姉ちゃんが放つ魔法のような光でなくなってしまう。
子供だけでなく、彼女に悩み事を相談する人がいれば、彼女は全力を尽くしてその助けになろうとする。
絢爛たる花火、暖かな星光、それに情熱の灯火。これらすべては宵宮の手のひらで舞い踊る。そして彼女の明朗快活な笑顔は同行者を励まし、進む道を照らし続けている。
キャラクターストーリー1
稲妻人にとって、花火は夏の印だ。
定期的に開催されるそれぞれの祭りではいろんな出し物を見られるが、花火だけは永遠の定番である。
その故は百年前。社奉行は「記念」を題に素晴らしい花火大会を開いた。
当時の花火大会は名を馳せていた花火の名家に任せていたのだが、これが「長野原花火大会」の起源である。
その後、花火がだんだん普及してきて、「長野原花火大会」もすべての民が参加できるようになった。
花火大会では、誰もが気に入った花火を自分の手で打ち上げられる。そして「長野原花火大会」で最適な場面で、一番盛大な演目を披露する。
宵宮が店主になった年に、初めて用意した花火大会は息を呑むほどの美しさであった。
その花火大会が始まる前、神里綾華はこう宵宮に言い聞かせた。「大御所様も今回の花火大会をご覧になります。ですので、どうか大御所様の家紋——「雷の三つ巴」を花火に入れてください。」
宵宮は自信満々に答えた。「うちに任せとき!」
大会が始まる前に、宵宮は城内の隅々まで走り回り、花火を配置した。そして目玉として、打ち上げられた花火は長大な絵巻物となり、空に掛かる稲妻城を描いた。
しかし神里綾華はどの花火にも肝心の家紋を見つけることができず、宵宮の計画にずれが生じたかと考えた。
その後、宵宮に聞いた神里綾華は、空に掛けた城に「視角」と言う技巧が用いられていると知った。
天守閣から見下ろすと、満開の花火は雷電将軍の家紋となり、さらに、可愛らしく花で飾り付けられていた。
宵宮が花火大会でしくじるはずがないだろう?彼女は民と雷電将軍の心を同時に得た上、その祭りを大勢の人の記憶に残るものにした。
宵宮がいれば、稲妻の夏に咲き乱れる花火は欠けない。「夏祭りの女王」の二つ名は、これによって生まれた。
キャラクターストーリー2
「長野原」の花火は人気が高く、お店は常に賑わっている。そのため、目的もなくお店を訪ねると店主に迷惑をかけてしまうと、人々は思っている。
しかし宵宮の性格はその真逆で、人と話すことが好きなのだ。もし仕事の際に話し相手がいないと、彼女は集中できなくなる。
もし店に訪れた客とじっくり話すことが「お客さんの心を理解し、最高の花火を作るため」ならば、宅配したついでに、お茶を飲みながら雑談することは、自分へのご褒美になる。それでも満足しない時は、帰り道に近所の人たちと熱く話し、お菓子をもらって帰る…
宵宮は人と喋る時、いつも「聞く」と「話す」の均衡を、絶妙な匙加減で保つことが出来る。
口数、距離感、情熱、どれもが程よいのだ。宵宮とのお茶会の後は、みんないい気分になる。
近所の人たちは普通の人であるため、同じ会話を繰り返すことが多いが、宵宮はそれを全く嫌わない。
彼女が楽しんでいるのは人と触れ合う過程だ——同じことでも、話し手が変われば、違うように聞こえるから。
花火屋を受け継いでから、宵宮と近所の人たちの関係はますます良くなってきた。年寄りの多くは宵宮を友人と思い、宵宮を自宅に招いて昔の祭りの話をしたりする。親の年齢の人たちは、子供との関係を円滑にしようと、宵宮に頼む。若者たちは宵宮と兄弟のように接して、花火運びを手伝ったり、共に子供たちを遊びに連れて行ったりする。
宵宮はこう語る。「言葉には特別な力がある、話し合って解決出来んことはない!」
キャラクターストーリー3
卓越した技術を追求する職人は、厳格で自分を律する傾向にあるが、宵宮は例外だ。彼女は自由に行動し、行動に規律が全くない。
たまに人との雑談が長引いて、昼の仕事が終わらなかったら、徹夜でこなす。夜が明けると、仕事完了の達成感と共に高い所に登って日の出と金色の流れ雲を見る。その景色は、いつも宵宮に刺激を与えてくれる。眺めていると、様々な花火模様が新たに脳裏に浮かんでくるのだ。ただし、眠気も共にやってくる…
宵宮はよく、軒先や木の枝、止まった水車などで寝ているところを近所の人に発見される。たまにうっかり落ちてしまうと、楽しい夢が目の前で飛ぶ星と共に消えていく。
幸いなことに、これまで大きな怪我はしていない。かすり傷は結構あるが、その対処法も数を重ねるごとに覚えていった。
たまに、夜中まで寝て、用事を済ませた後に出かける。
気まぐれの冒険や、肝試しかもしれない。友達に興味があればみんなと行動し、一人でいたければそのまま外出する。
自由気ままな生き方の方が、宵宮は楽のようだ。いつでも、どんな時でも、彼女に邂逅する可能性がある。彼女は自由を楽しんでおり、その結果、人生もより面白くなったとよく口にしている。
もちろん、重要なお祭りの前は頼もしい自分に戻り、真面目に、演出という「仕事」の準備を行う。
キャラクターストーリー4
日頃の「長野原花火屋」は、花火以外にも色々な記念品を販売している。これは宵宮の副業とも言える。
棚に並ぶ記念品は様々で、その一部は北斗からの舶来品で、ある程度改造され、独創的な工芸品となっている。もう一部は、宵宮がピンときた時に練習で作った物である。
ぶつかると花びらが咲き出す「散華ビー玉」、回ると鳥の鳴き声がする「小躍りこま」、飛ばすと色が変わる「虹とんぼ」、それと、とても成功とは言えない「オニカブトムシ戦車」…
これらの記念品は子供にだけではなく、多くの大人たちにも大人気である。「荒瀧派」の頭である荒瀧一斗までわざわざ記念品を買いに来て、彼の言う強敵と雌雄を決めるぐらいだ。
宵宮が作った記念品はおもちゃだけではない。少しの創意を加えれば、日常生活に役立てることができる。その中でも典型的なものが、各種の燃焼材と香料を入れた輪、「螽取り輪」だ。夏の夜、それに着火すると、蚊などの虫を退けてくれる。
宵宮の腕を見て、隣の人が手伝ってほしいと言い出す。「花火屋は万事屋ちゃうでぇ、うちもなんでも手伝うわけやない」と、宵宮は答えるものの、誠心誠意、相手の力になろうとする。例え一日苦労した報酬でおやつしか買えなかったとしても、彼女は楽しんでいるのだ。何せ、花見坂のみんなは宵宮のいいお友達だから。
キャラクターストーリー5
「彩霞で花火を取っかえて、花火は願いを知っている。願いは夜空に昇り行き、夜空はそれを映し出す。」
これは昔からある名のない歌だ。ここ数年、この歌の意味を勘違いしてしまう子供たちがいる。キラキラと光った物を取ってきたら、宵宮お姉さんのところで自分だけの特製花火を交換できると信じているのだ。その花火に点火すれば、将来、願い事が叶うと言われている。
そのため、花見坂の子供たちはこの歌を口ずさみながら、辺りで美しいお宝を探し、宵宮お姉さんのところへ持っていこうとする。
宵宮も最初は戸惑ったが、子供たちの歌に対する解釈を聞いた後、その求めを受け入れ、彼女の意見を口にした——歌にある彩霞は、キラキラとしたお宝ではなく、宵宮お姉さんが「輝いている物」と認めるものにしよう。それがたとえ川にある石でも、海辺にある貝殻でも、宵宮はそれと引き換えに美しい花火を作ってくれるという。
もし子供たちが見つけた物が貴重な品だった場合、宵宮は逆にそれを普通の物と称し、子供たちと一緒に落とし主を探す。
お宝が輝いているかどうかは重要ではない。大切なのは、「彩霞」を「花火」と交換できるという子供たちの信念なのだ。
たとえ他人の目には幼稚に見えても、宵宮は子供たちの美しい願いを守るために出来る限り尽くす。
「子供の頃に信じたもんや経験したことは、大人になったらかけがえのない宝もんになる。」
稲妻の伝説を描いた絵本には、しばしば以下のものが登場する。悪戯好きでかわいい「袋貉」、威風凛々とした「柴犬武将」、神出鬼没な「折り紙鵺」…
妖怪をこのように可愛らしく、粋のある形に描いたのも、同じ考えを持っていたからかもしれない。
宵宮のそばにいる子供たちは、鎖国の中でも楽しい日々を送っている。
宵宮自身の童心と活力が、夜空に舞う花火のように、星のように、常に輝き光を放っているのだ。
宵宮の飴箱-「甘々宝球」
お祭りになると、宵宮はすべての屋台のお菓子を食べ、様々な飴を集めて丁寧に包装し、小さな飴箱に入れて保管する。
宵宮の飴箱は朱く円形で、精巧な紐と飾り物がついており、彼女が普段使っている髪飾りに似ている。
宵宮は嬉しい出来事があると、飴箱から飴を取り出して食べる。友達や子供がいれば、必ず彼らにも飴を分け与える。
近所の人はいつも宵宮の髪飾りと飴箱を間違えるため、「甘々宝球」という別名を付けた。
飴箱が軽くなるスピードは、宵宮の幸福度の指標となる。
空になるのが早ければ早いほど、宵宮は幸せなのだ。
たまに、忙しくなると、誤って飴箱を髪飾りとして付けてしまう。一日の仕事が終わるまで、それに気付かない場合もよくある。
それがきっかけとなり、それ以来、彼女はその二つを交代制で使うようになった。
「宵宮姉ちゃんの髪飾りに飴が入ってるか当ててみぃ。当てた人は、好きな飴を選んでええよ!」
神の目
いつもは口数の多い宵宮だが、花火が空に上がる時だけは別だ。彼女にしては珍しく黙り込み、夜空に浮かぶ絶景を見上げる。
花火は刹那に過ぎ去り、須臾であると人々は言う。しかしそれが美しいものであれば、人の心に永遠に咲くだろう。
花火を共に見た人、その瞬間の美しさ、それらは感動と共に深く脳裏に焼き付き、一生の思い出となる。
何年も経ってから再び同じ花火を見上げた時、その感動はきっと潮のように心まで流れ込むだろう。
これもまた、「永遠」と呼べるのではないだろうか?
「長野原」家に独自の花火の配合があるのも、まさにこのためである。
感情と願いを花火に込め、刹那の存在を永遠に変える。宵宮が行っているのは、そういうことなのだ。
「長野原花火屋」を受け継いだ後に訪れた初めての夏の夜、宵宮は眠れずにいた。空が朝を象徴する灰色を現すまで、彼女は一生懸命研究をしていた。
突如、軽い音がした。赤く燃える物が花火の筒に忽然と落ちていた。
当初、宵宮はその「神の目」を着火器具として使っていた。幸いにも宵宮の父親がすぐに気付き、彼女にその物にある重要な意義を教えた。
小さな「神の目」は、信じられないほどの力をもたらすことができる。だが、子供たちを守り、騒ぎを起こす魔物を倒す以外に、何に使えるというのだろう?
宵宮は考えた。たとえ用途があっても、自分にとってはその程度の物でしかない。なぜなら、自分はただ楽しさを追求し、幸せに日々を過ごしている花火職人に過ぎないからだ。
それから時が経ち、宵宮も「火焔」のコントロールが上手くできるようになり、花火作りもますます熟練していった。
時折、彼女は自分に問う——自分のような普通の人間でも、神様に認められた。いったいなぜ?もしかして…神様も花火が好きなのだろうか…?