絶雲の間
璃月の仙人が住まう地
留雲借風真君をはじめとする真君たちがここに居を構える。人が容易に立ち入れる場所ではなく、帝君との縁がある者だけが招かれる。
仙人たちがここに集まっているのは、人の世から少し離れていた方が互いに都合がいいからだ。長すぎる寿命は、人間のそばでは持て余す。
一次資料での用例
12この言葉が出てくる場面
14香菱の活躍は、絶雲の間にいるヒルチャールにとっては災難かもしれない。例えば、目覚めると戦闘用の木棒がなくなっているなど。 もちろん、荻花洲の花や草にも同じ不幸が降りかかる。 彼らの協力のおかげで「丘々木の焼き魚」、「馬尾もち米肉」などのレシピが生まれた。 先人たちが残したレシピを使うだけでは、新しい料理は作り出せない。常識を破って、自分だけのレシピを見つけないと。 やがて、香菱はようやく色も香りも味も自信作といえる「特製鳥肉の和え物」を作り出したが、試食した父親を二日も寝込ませてしまった。 「ミントの葉っぱと清心花を一緒に食べると、腹を下す可能性がある…」 こうして、香菱のノートには貴重な情報が一つ増えた。 自分もたくさん食べたけど、なんで何ともなかったんだろう。香菱は少し申し訳ない気持ちになった。 それが香菱の生まれ持った体質なのか、それとも食べすぎて耐性がついたのか、誰も知らない。
君と契りを結ぶ、さっそく絶雲の間の祭壇に行くぞ。だめだ、断るなんて許さない。君は僕の内情を知ってしまったし、僕がずっと隠してきた本当の自分を知ってしまったんだ…君を手放すわけにはいかない。君が…手を引かないと約束してくれるなら話は別だけど。
見た目は少年ではあるが、魈の実年齢はすでに2000歳を超えている。 だが、見た目で彼を見下す者はいない。彼が只者ではないと、誰もが肌で感じ取れるからである。 ——危険、無口、刃のような鋭い眼差し。 世代も声望も仙人の中では上位であるが、人間の間での名声はあまり高くないようだ。 なにせ、彼は幸福や金運をもたらすような仙人ではない上に、絶雲の間で暮らす仙道の秘密を象徴する衆仙でもない。 仙力を使う魈を見た人物がいるというのなら、おそらくその人は生と死の瀬戸際に立たされ、極めて危険な状態だったのだろう。 それは決して、魈が人に危害を加えているわけではなく——魈がいつも璃月の灯りを呑み込まんとする闇と戦っているからだ。一般人がその戦闘を目撃したのなら、多少の影響を受けるのは避けられないだろう。 もちろん、それは口封じを理由に殺されるような秘密ではない。
「絶雲の間」に行く機会があったら、「清心」を一束取ってきてくれ。一束でいいんだ。旅費は…ああっ、忘れるところだった。「契約」の有効期間中の旅費はお前が持ってくれ。では、頼んだぞ。
通常、キョンシーが行動するには、自身を呼び起こした者の勅令が必要だ。しかし、厳密に言うと、七七は誰かに呼び起こされたわけではない。 そのため、彼女はこの世界では珍しい、自分で自分に勅令を下すキョンシーになったのだ。 「敵を倒す」などの簡単な任務なら、特に問題はない。 だが、「絶雲の間の険しい崖での薬採り」のような任務の場合、七七は時折、崖の途中で引っかかってしまう。しかし、彼女は登ることに失敗しても諦めない。 もちろん、勅令を解除する方法はある。しかも、とても簡単な方法だ——後ろから七七を抱きしめ、「大好きだよ」の類いの言葉を言ってやれば解除できる。 白朮はいつも感情を込めずにやるから、効果はいまいちだ。 もしいつか…このような言葉は、軽い気持ちで人に言ってはいけないことを知っていて、もじもじしながら、七七の勅令を解除してくれる人が現れたら… 七七はどんな反応をするのだろう。
葬儀は、人生最後の舞台。 そして璃月の「往生堂」は、その終の演出を仕切る存在だ。 伝統的な葬儀には多種多様な仕来りがある——霊の守護、埋葬の方法、位牌に使う素材…すべての事柄に対して、厳しい掟が存在する。 亡くなった者の身分と貧富にかかわらず、彼らに見合った葬儀を行う必要がある。それが往生堂の信条だ。 これほど重要な組織の上に立つ者は、さぞ博識で頼れる人物なのだろう。 しかし、七十七代目堂主という重責を負う者は、胡桃というまだ幼さの残る少女だ。 常に奇想天外なアイデアを持つ胡桃は、璃月ではちょっとした有名人である。 3歳の時、逆立ちで有名著書を読んだり、6歳で学校をサボって棺桶で居眠りしたり、8歳で堂に篭り葬儀についての研究を行ったり… どう見ても、胡桃は「厳粛」とは程遠い性格だった。 そんな胡桃が初めて葬儀の指揮を執ったのは、十代の頃だった。 それは葬儀屋と客卿達の心を、絶雲の間の険しい崖の上まで鷲掴みするほど立派な葬儀だったという。
岩王帝君との契約のもと、璃月を数千年に渡り守ってきた仙人たち。 彼らは璃月に危機が訪れるたび必ず姿を現し、そして世が平穏な時代であれば、時折その姿を見せていた。 それは無法者を戒めるために、また時に囚われた者を救うために。もし「仙縁」のある璃月人と出会えば、その者を弟子にして仙人たちは秘術を伝授した。 仙人たちの中でも、歌塵浪市真君は俗人と多くの縁を結んでいると言えるだろう。 彼女には多くの弟子がいる。その中でもっとも幼いのがヨォーヨだ。 ヨォーヨは生まれつきの聡明さで、勉学にも積極的な態度を見せている。幼さゆえに、まだ学んだ知識を完全に理解することはできず、時々思わず聞いた人が口角を上げてしまいそうな間違いもするが、時間を置けば、間違いなく広い知識を持った才女になれるだろう。 優しくて思いやりのある、誠実で懐が広い性格のおかげで真君に気に入られているだけでなく、師姐や他の年長者からも大層可愛がられている。 縁のない一般人では足を踏み入れることができない絶雲の間——そこにある仙人たちの洞府をヨォーヨはいつも行き来する。幼くして仙人にこうも愛されるとは、実に羨ましいことだ。
ピンばあやのもとに旧友がたまに訪れると、そのたびにヨォーヨは師匠と客人に付き合い街の中を回る。 遠路はるばるやって来た客人であれば商店と料亭だけでなく、和裕茶館へと講談や璃月劇を鑑賞しに行くこともある。 そして、この広い璃月港であれば、暇をつぶしに和裕茶館へ行くのはヨォーヨたちだけではない。外国人の中には異国の文化に興味を持つ人もいる。 ある時、ヨォーヨたちが和裕茶館で劇を鑑賞していると、初めて璃月を訪れた三人の外国人が隣の席に腰を下ろした。劇中で語られる仙人の話を聞いた三人は、お茶とお菓子を口に運びながら璃月の仙人の話をし始める。 師匠と客人の会話に入れないヨォーヨは暇を持て余しており、お菓子を食べながら周りの人の雑談に耳を傾けた。 稲妻から来た女性は、璃月の仙人は稲妻の鳴神大社の宮司と同じで、神事を担当したり璃月の書店を管理したりしなければならないと思い込んでいるらしい。 フォンテーヌから来た商人は、仙人は全員、国家機関の職位を持っていると頑なに思っているようだ。彼がかつて七星の秘書である甘雨とやり取りをしたからか、それとも彼の国で似たような制度があるからかは定かではない。 モンドから来た冒険者は、仙人の伝説にとても憧れを抱いている。なぜなら、彼は吟遊詩人の歌でしか神の話を聞いたことがなく、神やその眷属に会ったことがないからだ。 彼は思わず、仙人と話したことはあるかと茶博士に尋ねた。しかし、その答えはがっかりするものであった。 「これはただの物語。我々のような一般人は絶雲の間に毎日いるわけではない。仙人に会える機会なんてめったにないことだ。」 それを聞いたヨォーヨは思わず声を出して反論した。「そんなことないよ。仙人はみんなのすぐ傍にいるんだから。さっき削月おじちゃんも講談が面白いって言ってたよ。」 すると、なぜかピンばあやの隣にいる客人が急に黙り込んだ。ピンばあやは微笑みながら茶博士に声をかけると話をそらした。 ヨォーヨには理解できなかった。どうしてみんな、仙人を遠い存在だと思っているんだろう?仙人はみんなの傍で生活しているのに、ただ簡単に姿を見せないだけで。
『清斎広録三家集注』なる典籍によれば、仙人は旅をする時、「八の清らかな霞気」を伴い、「光に乗り、雷を追う」ように空を舞うという。寿命は非常に長く、凡人にとっての数百年や数千年は、仙人からすれば仙府での一休みにすぎず、「閬風に昼夜あらず」とも書かれている。 さらに、この清斎広録には仙人の住処に関する記載もあり、仙人は天を枕に、地を布団にし、山河湖海のあらゆる場所を住処にするとされている。だからこそ、璃月の史書には仙人との邂逅に関する話が数多く登場するのであろう。以上が、仙人にまつわる一説である。 さて、金石典籍『歩虚石譜』においては別の説が展開されている。石譜は、絶雲の間の奇石を高く評価するとともに、さりげなく警告の文を記載している。「絶雲の諸峰、百丈の背丈を各々競って天へと伸ばす。各山に主あり。慶雲頂は削月築陽真君、琥牢山は理水畳山真君、奥蔵山は留雲借風真君。君子主ある山を登らず、亦た主ある石に手をつけず。」 世に伝わる書物に仙人の容姿に関する記載が少ないのは、こうした畏敬の念ゆえなのであろう。歴史学者子萇の著書『石書集録』および古の歌謡におけるわずかな描写から、仙人の姿はまさに千変万化であることが垣間見える。留雲借風真君を例にとれば、人の姿のときは「容姿端麗にして、紅の絹を身にまとい、化粧を施している」という。一方、鳥獣の姿のときは「力強く空を羽ばたくその翼は雲を掻き分け、その鳴き声は月にも届く」とされる。 清斎広録には興味深い逸話が収録されているが、仙人の超然とした気質をよく現している——昔、絶雲の間で留雲借風真君と出会った一人の旅人が、自作のからくり水時計「玉瓶浮溢」を仙人に見せながら得意げに語り始めた。しかし、仙人は浮溢で時を測る際の欠点をたったの一言で言い当てたのだ。その後、旅人は仙人に教えを乞い、手解きを受けた。そしてやがて、仙人に見送られて山を下りていった… 「世を逍遥し尽くし、万物は我が手中にありと、傲慢の心あり。仙人にまみえ、初めて衆生の小さきを知る」とはよく言ったものである。
歴史学者の間で主流となっている見解は、以下のようなものである。「太古より物あり。天地の上下八方に極尽あり、宇宙の四方に伸ぶ川に始終あり。六合の間に、仙人は神の誕生を待たずして生まれ、陰陽に頼らずして形を成し、草木を潤わせ、金石に融ける。此れ即ち自然と言うべし。其の始まりを知らず、終わり料り難し。」分かりやすく言えば、天地には境界があるが、神の造物でない仙人にはそれがない…ということだ。 璃月という言葉がまだ存在しなかった昔、仙人たちはすでに山野を往来していた。世を守り、人を救うことを己の責務とする者もいれば、人を害する者もいた。清斎広録には、この時期に関する記録が一部ではあるが残されている。 「旱魃猛威を振るい、赤野焼ゆるが如し。人心燻る中、誰をか恃まん。瘴気災いと化し、疫病蔓延す。人心焼焦せし中、誰か我を救ふ者あらん」 「仙人来たり、留雲蓬々。仙人来たり、借風堂々。にわかに雲が集いて、猛然と雨が降る。干ばつを払い、病を遠ざけ、民の窮地を救いたり。」 のちに「留雲借風真君」と尊敬を込めて呼ばれるようになったこの仙人は、干ばつを鎮め、危機から民を救った。当時、その恩恵にあずかった民が、感謝の意を込めてこのような記録を残したのである。 その後、魔神戦争が勃発した。人々を憐れんだ契約の神·モラクスは、留雲借風真君をはじめとする諸仙人と志を共にした。仙人たちは命に従って四方へ征戦した末に、ついに天下を平定し、世に再び晴天が訪れた。 英雄と仙人が活躍したその時代は、感慨深い想いとともに後世に語り継がれた。歴史に刻まれた仙人たちの雄姿は、無数の伝説となって璃月人が成長する過程で親しまれるようになった。しかし、人が仙人について語っていても——特に、彼女自身に関する部分を語る時——閑雲は殆ど何の感情も表に出さない。 かつて奏楽が響き渡っていた絶雲の間は次第にもの寂しさに包まれる地となり、かつて共に笑っていた友人たちは、幾人も戦争で逝ってしまった。それを思うたび、閑雲は虚しくなるのだ。旧友たちは世を守るために進んで身を戦地へ投じた。しかし友がいなくなっても尚、この無念が消えることはない。 とはいえ、誓いは必ず守る…皆、かつてそう岩王帝君と約束した。その契約にこそ、皆の信念と願いが刻まれているのだ。誓いを破り去ろうなどという考えが、閑雲の中に浮かんだことは一度たりともない。なにせ彼女は、仲間との友情を何よりも大事に思っているのだから。皆の願いを見守るためにも、絶対に璃月を見捨てることはしない。 悲しみと決意は心に渦巻き、様々な想いが胸に押し寄せては、次第に静まっていく。人の語る伝説に静かに耳を傾けていた閑雲は、最後に一言だけ口にした。 「ふむ、実にいい話だ。」
知音が散り行く前、時折仙人たちは一堂に会して共に音を奏で、絶雲の間にその音色を響き渡らせていた。 歌塵浪市真君は音楽に精通し、琴を奏でるのが得意で、塵の神·帰終は作曲が得意だった。 夜叉の伐難と応達はよく留雲借風真君と一緒に、歌塵浪市真君の琴音に合わせて歌を歌った。興が乗れば、留雲借風真君は様々な姿に変化し、風に乗って軽やかに舞った。 このような光景が繰り広げられるたび、山や水に棲む生き物たちは顔を上げ、耳を立て、静かに仙音に聞き入った。他の仙人たちも足を止めて、音に耳を傾けたものだった。 しかし、今や静まり返った絶雲の間では、風の音と鳥の鳴き声しか聞こえなくなった。 たまに奥蔵山にある仙府の奥深くから、留雲借風真君が弟子と会話を交わす声が聞こえてくるのみ… 憐れみの心から受け入れた数多くの弟子の中には、その哀れな生い立ちに心が痛む者もいたが、数年間の敬虔な修行を経て、その悲しみや辛さに満ちた雰囲気はすでに消え去った。霜に覆われた梅の枝が、雪が溶けた後に、より一層強い姿を現すように。 そんな弟子たちを見守っていると、かつての友人たちの願いに込められた美しきものが弟子たちに引き継がれていることを感じて、閑雲は微笑ましい気分になる。 だからこそ、「妾があの子たちを守ってやらねば」と思う。時に思いが行き過ぎて、かえって弟子たちを戸惑わせることもあるが、閑雲は大して気にしていない。 友人を亡くし、みながバラバラになってしまったことも、大地が血に染まるような壮絶な経験をしたこともない弟子たちに、真君が大切に想うすべてをはかれるはずがない。皆が無事で、元気でいてくれるなら…それだけで満足なのだ。
玄妙なる天道は捉えにくく、仙人たちの修行法もそれぞれ異なる。 留雲借風真君のそれは、「格致」を経て己の外に存在する道を求め、それを己の内に修めるというものである。そうして、外に頼って己を磨き、外なる理と内なる心を一つにするのだ。「格致」とは即ち、森羅万象に秘められた「天地の道」を窮めただすことである。世の万物には、意識の有無に関わらず、道理というものが存在している。その道理を研究し学ぶことは、万物が従っている道について理解することであり、これこそが修行の正道なのである。 真君は千年にも及ぶ熱心な研究の末に、大いなる気づきを得て常人の届かぬ境地に至った。しかしながら、凡人の命の短さ故に、道理の真髄をすべて弟子に授けられないのは実に残念なことである。そればかりか、資質に欠ける者はたとえ彼女の導きを受けたとしても、悟りを開くことができないのだ。 知恵を絞って考えた結果、彼女はある方法を思いついた。 凡人が天道を悟ることが至難の業ならば、その道理を仕掛けの術に溶け込ませて、人々に伝えてやればよいのだ。 難解極まりない「天地の理」も、細かく分けて少しずつ世に伝えれば、人間がより理解しやすいものにできるだろう。 それに、仕掛けの術で生産が捗れば、労力と物資の消費を大幅に抑えられ、その恩恵は計り知れないものになるはずだ。 からくり装置で洗濯ができれば、「夜闌にして臥して衣を濯ぐを聴く」ことはなくなる。 人を乗せて走る装置があれば、杖や草鞋を拠り所にして何千里も歩く必要もなくなる。 なにせ、平和なこの時代だ。彼女が雨を降らせねばならないような干ばつはなく、人々もすでに田畑に水を引く術を得ている。そして、戦火もほとんど消えた。みなの心に安らぎが訪れた今、人々が望んでいるものは、より豊かな生活だろう。 この時代、契約の通りに俗世を守る方法は、殺生と魔物退治だけではあるまい——装置を作って、人々の暮らしに利便性をもたらすこともいい方法と言えるだろう。 凡人が限りある生涯のうちに、天地の理を悟り、世のためとなる功績を残すというのは至難の業だ。しかし、彼女が手を貸せば、「桃源郷」を築くことも夢ではないかもしれない。 かつて絶雲の間に響いていた音色を再現することはできないが、街の家々から聞こえる笑い声を守ることならできる。それは彼女の、心からの願いでもある。 それに、仕掛けの術は留雲にとって大いに興味をそそられるものだ。こよなく美食を愛する彼女も、新しい仕掛けの術の研究となれば寝食を忘れるほどなのだから。 斯くして、「留雲借風真君は仕掛けの術の研究を好む…というよりも、我を忘れるほどのめり込んでいると言うべきだろう」——これはいつしか、弟子の誰もが知る公然たる事実になったのである。
伝説の中で、仙人の住処は「玉虚」と呼ばれている。絶雲の間の各山にある仙府は、まさにこれである。 しかし「玉虚」は元々、俗世を俯瞰する慶雲頂の雲上を指す言葉であった。ほとんどの凡人はお目にかかれない場所である。 また、「玉」は仙府の土台となる、無欠なる浮生の石を指していた。これがあるからこそ、かの地は雲の上に浮いていられるのだ。 「道は虚にあり、登虚すれば即ち道を得る」。かつて仙道を求める者は天に登り、地に潜って修行を行わねばならなかったが、ここはそのうちの「天」の試練の場であった。 玉虚は元々、道心をはかるためのものではなく、留雲借風真君が己の心を静めるために作ったものだったのだが、削月築陽真君と理水畳山真君の提案のもと、仙道を求める者のために譲ることにした。その後、帝君が承諾し、帰終と歌塵も賛成したので、留雲借風真君は快く玉虚を譲り、そこに小さな亭を建てた。 今や、仙道を得られる者は極めて稀だ。俗世において伝説となりつつあった「玉虚」は、再び留雲のものとなった。だが、雲上に戻った彼女の心境は、昔とは異なるものであった。 果てしなく広がる雲海に陽が昇っては沈む…その光景は確かに壮観だが、俗世の賑やかな日常にもまた、それなりの趣がある。 閑雲という名で人と共に生きる——今の彼女にとっては、そのほうがより楽しみなことなのだ。 「ちょうど小腹が空いてきたな。今日は万民堂のかにみそ豆腐をいただくとしよう。」
今の兹白には、璃月のすべてが懐かしくも新鮮に思えた。 そこで、神魂が安定しているうちに、彼女は璃月の美しい山河を隅々まで巡った。 軽策山では、山間の滝が飛沫を上げながら流れ落ち、再び清らかな泉となって流れる様を… 孤雲閣では、高い空、吹きすさぶ風、そびえ立つ岩の槍が描く雄大で揺るぎない景色を目にした。 宝玦の口では、今なお残る玉玦の下に点々と浮かぶ漁船と、山間で歌う人々を… 絶雲の間では、神秘的な霧が立ち込めた、まるで雲上の水郷のような、まるで天に広がる海のような景色を目にした。 …… 古国琅玕に絹絵の技を伝えた天の使いとして、彼女は数千年も使っていなかった技を再び振るうことにした。 壮麗な景色に出会うたび、彼女は目の前に広がる山河の美景を仙力で絹布に縫い付けていく。 時が経ち、その絹絵に描かれた山河は千里にも及ぶ、壮大で絢爛なものとなった… 暇な時、兹白は絹絵を取り出して眺めることを楽しみとしており、見れば見るほど顔をほころばせ、得意げな笑みを浮かべている。 その様子を見た岩王帝君はその絵に興味を持ち、何度も見せてほしいと頼んだようだが、未完成だという理由で断られ続けたらしい。 彼女が絹絵を完成させた時、この山河が縫い込まれた図巻はどれほど壮大で趣深いものになるのだろうか。
そのほかのゲーム内テキスト
40絶雲の間の北部で手がかりを探す
うん、絶雲の間の名産「絶雲の唐辛子」!
絶雲の間の琥牢山には「琥珀」と呼ばれる有機結晶体が存在している。もしかしたらその中に宝物があるかもしれない…?
…ての研究を行ったり… どう見ても、胡桃は「厳粛」とは程遠い性格だった。 そんな胡桃が初めて葬儀の指揮を執ったのは、十代の頃だった。 それは葬儀屋と客卿達の心を、絶雲の間の険しい崖の上まで鷲掴みするほど立派な葬儀だったという。
甘雨は様々な「海」を見て来た。 楼閣の上から見た大海、絶雲の間の崖から見た雲海。 そして、彼女は今——璃月港の人混みという海を歩んでいる。 仙獣でもなく、人間でもない彼女にとって、「海」とは孤独をもたらすもの。 しかし、ある「時を越えた委託」が、彼女の心の海に波を引き起こした…
その日、絶雲の間の石林にいた彼は呼びかける声を耳にした…
冒険者ロアルドの日誌·絶雲の間·慶雲頂
絶雲の間は仙人たちの住む場所。伝説によると、仙人は神通力、世の中の元素力を操る以外、伝授しない秘密が三つ、錬丹術、呪符、外景経である。
#:絶雲の間は仙人の住む場所だって聞いた。 パイモン:おおっ——仙人の住む場所! :もしかしたら高くそびえ立つ山の頂上で、仙人と遭遇できるかもしれない。 パイモン:おおっ——仙人と遭遇! :でも、仙人とはどう交流すればいいのだろうか? パイモン:おおっ…
冒険者ロアルドの日誌·絶雲の間·奥蔵の池
いや、そのような手間をかける必要はあるまい。今から絶雲の間に行くとしよう。雲に乗る術を駆使して、お前と共に遊覧するというのはどうだ?
誰かの日誌·その3·絶雲の間
「絶雲の間」に行く機会があったら、「清心」を一束取ってきてくれ。一束でいいんだ。旅費は…ああっ、忘れるところだった。「契約」の有効期間中の旅費はお前が持ってくれ。では、頼んだぞ。
…まれるようになった。しかし、人が仙人について語っていても——特に、彼女自身に関する部分を語る時——閑雲は殆ど何の感情も表に出さない。 かつて奏楽が響き渡っていた絶雲の間は次第にもの寂しさに包まれる地となり、かつて共に笑っていた友人たちは、幾人も戦争で逝ってしまった。それを思うたび、閑雲は虚しくなるのだ。旧友たちは世を守るために進んで身を戦地へ投じた。しかし友がいなくなっても尚、この無念が消えることはない。…
絶雲の間は璃月の神が住んでいる場所、一般の人は入ることができない。 でも絶雲の間で採掘をしている「薬童」がいるらしい。
そういえば、ある昔話をちょうど思い出した。この物語は璃月の仙人たちが絶雲の間に集ったところから始まる…
·「絶雲の間」を記録する ·3つの撮影ポイントを写真に収める ·撮影時間は夕暮れ(16時から18時まで) ·写真機目線のキャラクターを撮る ·キャラクターが暇つぶしをした瞬間を捉える
「絶雲の間」に比べて、仙人の気配が感じられないけど…本当にいるのか?
#、この光、絶雲の間の時と同じ…
君と契りを結ぶ、さっそく絶雲の間の祭壇に行くぞ。だめだ、断るなんて許さない。君は僕の内情を知ってしまったし、僕がずっと隠してきた本当の自分を知ってしまったんだ…君を手放すわけにはいかない。君が…手を引かないと約束してくれるなら話は別だけど。
ここの景色はお前の思うがままに変わるのだろう?ならば…絶雲の間を作ってはくれぬか?
「立って浪を見て、座って雲を見る。凌雲のところに上がって、この絶雲の間を見よう」
(絶雲の間は仙人たちの居所、まさかここも仙人の住処?でも入ることはできないようだ…)
伝説の中で、仙人の住処は「玉虚」と呼ばれている。絶雲の間の各山にある仙府は、まさにこれである。 しかし「玉虚」は元々、俗世を俯瞰する慶雲頂の雲上を指す言葉であった。ほとんどの凡人はお目にかかれない場所である。 また、「玉」は仙府の土台となる、無欠なる浮生の石を指していた。これがあるからこそ、かの…
そのため、甘雨様を使者として絶雲の間に、璃月騒動の近況を記した手紙を届けさせているのです。
誰かが荒野に落とした日誌、その人が絶雲の間での冒険史が記録されている。
…閣では、高い空、吹きすさぶ風、そびえ立つ岩の槍が描く雄大で揺るぎない景色を目にした。 宝玦の口では、今なお残る玉玦の下に点々と浮かぶ漁船と、山間で歌う人々を… 絶雲の間では、神秘的な霧が立ち込めた、まるで雲上の水郷のような、まるで天に広がる海のような景色を目にした。 …… 古国琅玕に絹絵の技を伝えた天の使いとして、彼女は数千年も使っていなかった技を再び振るうことにした。 壮麗な景色に出会うたび、彼女は目の…
その後、山の方壺派と海の円嶠宗が争いを始め、絶雲の間の三つの山の仙人が調停するのだ。
…ある生涯のうちに、天地の理を悟り、世のためとなる功績を残すというのは至難の業だ。しかし、彼女が手を貸せば、「桃源郷」を築くことも夢ではないかもしれない。 かつて絶雲の間に響いていた音色を再現することはできないが、街の家々から聞こえる笑い声を守ることならできる。それは彼女の、心からの願いでもある。 それに、仕掛けの術は留雲にとって大いに興味をそそられるものだ。こよなく美食を愛する彼女も、新しい仕掛けの術の研…
ほぼあらゆる場所ですぐに使える不思議な鍋。璃月は土地が広く、地形も複雑に入り組んでいる。それと同時に、璃月の人々は美食を深く愛している。この2つの特徴を同時に表せるのは、おそらくこの携帯式鍋だけである。これを使えば、たとえ絶雲の間の山頂や孤雲閣の島にいる時も簡単に美味しい料理を作れるだろう。
もう何日も絶雲の間から帰って来ないんです。彼女は「璃月七星」全体を補佐している秘書で、私たちが今代わりに仕事をしているのですが…
ハスの実に卵とは、絶雲の間に届けたら仙人を馬鹿にしていることにならないだろうか。
さようなら。もし絶雲の間に行く機会があったら、友人によろしくと伝えといておくれ。
璃月の民は「絶雲の間」の外でのみお参りするが、これを持った人は安全に仙人の洞府に近づくことができるらしい。
ふむ、そうだね…小説の中で無名の女傑が現れた場所は、望舒旅館、絶雲の間の北、そして慶雲頂——だいたいがこの三か所だった。
璃月特有の唐辛子。匂いを嗅ぐだけで体が熱くなり、水を欲しがる。名前に「絶雲」という2つの字があるが、絶雲の間以外のところにもある。 辛すぎて絶雲の間の山頂の涼しい空気が欲しくなる、といった辛さが名前の由来らしい。
·「絶雲の間」付近 ·2つの撮影ポイントを写真に収める ·写真機目線の璃月キャラクターを撮る ·キャラクターが通常攻撃を繰り出した瞬間を捉える
#:絶雲の間は仙人の住む場所って聞いた。 パイモン:おおっ——仙人の住む場所! :もしかしたら高くそびえ立つ山の頂上で、仙人と遭遇できるかもね。 パイモン:おおっ——仙人と遭遇! :でも、仙人とはどう交流すればいいんだろう? パイモン:おおっ——どう交…
伝説によると、彼は岩王帝君の力により制圧された後、絶雲の間の山奥に封印され、今も眠っているとか。
絶雲の間へと仙人を訪ねに来た孫宇は、鍛錬に励んでいる…