妙論派
スメール教令院の六学院のひとつ。錬金術を扱う。
一次資料での用例
7この言葉が出てくる場面
21他人から見れば、ドリーの商売は順風満帆に映るだろう。だが、誰も想像できないような問題に何度も遭遇してきたことを、ドリーだけは知っている。 ある時、スメール各地からドリーに注文が殺到したことがあった。しかし、ドリーはそれほどの量の品を予定通りに納品することができなかったのだ。 その理由は、周辺の貿易ルートに大量の物資を運べるような広さがなかったからである。 商隊のメンバーは、一部の注文を断るようドリーを説得した。仮に断ったとしても安定した収入があり、このまま続けていればやがて大金持ちになるのは間違いない。 だが、ドリーは非常にリスクのある行動に出た。妙論派と提携をして、危険なエリアに新しい貿易ルートを開拓したのだ。 彼女はこれら新しいルートを周辺の商隊に開放すると、それを機に商会を設立して資源の統合を行い、ついには問題を打開したのである。 今ではドリーの新しい貿易ルートはスメールの各地で見られる。「サングマハベイ様」の名声は高まる一方となった。 それと同時に広まったのが、当時ドリーがキャラバンのメンバーに放った言葉だ。 「注文を諦めるなんて、おバカなキノコしかやらないことですわ。」 「稼げるモラは余すことなく稼ぐ、なぜならそこにモラがあるからですの。」
私、いつも教令院の人たちを避けているんですの。あの方たちの言う様々な規則は、まるで商売に向いていませんから。まあ、あなたになら言っても問題ないでしょう。実は妙論派には、私と密約を結んだ頭の切れる方がいるんですの。私にはモラがあって、彼らには技術と職人の技がある。さらに私の行商に対しても多くのメリットをもたらしてくれましたわ。ふふっ、大商人であるドリーは、決して損をするような取引はしませんの。
彼は私と手を組んだことのある妙論派の一人ですの。教令院の一部の頑固頭と違って、自分の理想のために戦う人であり、私は彼を尊敬していますわ。だから、裏で彼にたっぷりとモラを貸して、私のアルカサルザライパレスを作ってもらいましたの。心優しいドリーの資金援助がなければ、今のカーヴェはなかったと言えますわね。
ある妙論派の教材を開くと、著者のページにはファルザンの経歴が記載されている。 「ファルザン——教令院の卓越した学者。スメール謎解き協会名誉賞受賞者。古典ギミック術学科創始者の一人。」 しかし、知論派の志望選択の話になると、先輩たちは眉をしかめてファルザンの現状を語る。 「ファルザンか…彼女の研究は時代遅れだ。審査を通りやしない。うちの学院に出願するなら、別の指導教員にしたほうがいい。」 その評価は雲泥の差で、不思議に思わずにはいられない。 後輩たちの問いかけに、ファルザン先輩はいつも意味深な表情を見せる。 「ん?この百年間で何があって、何故こうなったか聞きたいと?それは重大な秘密なんじゃ。ちと耳を貸すがよい。もっと近う寄れ、もっとじゃ…」 ——そして、パチンとデコピンをお見舞いする。 「その好奇心は、学問の研究に回すがよい——それと、ワシのことは先輩と呼ぶんじゃ!!」
多くの後輩を驚かせたのは、ギミック術の領域で多くの成果を収めてきたファルザンは、実は文字研究をメインとする知論派の学者だという事実である。 簡単に言えば、彼女の研究領域は「石刻文字などの出土文献に基づいて古代遺跡の様々なギミックの構造と解き方を解明する」ことである。 百年前、教令院の古典ギミック研究はまだ未熟であった。そこへファルザンは古代文献によってギミックの動作を事前に予測し、遺跡の研究作業にかなりの利便性を提供した。 しかし、詳細が明らかになっていない遺跡が減っていくにつれて、妙論派のギミック関連学術も完全に近づき、彼女の研究は昔のような輝きを失ってしまった。 百年後、ファルザンが再び教令院に戻った時、知論派に彼女の論文が分かる学生はもういなかった。指導教員たちも彼女が提出した研究課題に対し、顔を見合わせるばかり。 一方、妙論派ではファルザンの手記を読んで卒業した学者が少なからずいる。彼女の苦境を聞き、クシャレワー学院へ移籍するよう説得を試みた学者は沢山いたが、成功した者は一人もいなかった。 説得する際には調子に乗って、「クシャレワー学院は将来ギミックを研究する実力を持つ唯一の学院だ」とか、「今はもう古代文字を解読する時代ではない!」と口走った学者がいたが、顔色を変えたファルザン先輩に丸二時限分もの時間、説教された。 その夜、学者はランバド酒場でやけ酒をし、落ち込んでいた。 知論派のある友人は彼の肩を叩き、一晩中慰めた。あまりの悔しさに、「明日知論派の答弁会で、あの頑固頭に仕返ししてやろう」という考えを胸に… ——次の日の夜、その友人もやけ酒の仲間入りをした。
研究課題が審査に通らないこと以外で、今ファルザンが最も頭を抱えている問題は、如何にして気に入った学生を招くかということだ。 知論派の体験授業で一連のギミック術の専門用語を聞かせると、いつも学生たちはみな頭を掻くか、居眠りし始める。 するとファルザンは大変腹を立てて教鞭を投げ捨てると、当時の知論派の同僚が仕事を怠り、風紀を正さなかったから、こんな後輩ができたのだと非難する。 意外にも、学生たちは百年前の人々が罵倒されるのを、ギミック理論よりも興味津々で聞き入った——ファルザンはもっと怒った。 ギミック研究を志す学生は、ファルザン先輩に勧誘されると、初めは感謝するのだが、所属先が知論派だと分かった瞬間、難しい顔をしてもう少し考えたいと言葉を濁す。 そして、考えた末の返答をファルザンが尋ねるよりも先に——次会う頃には、もう妙論派の学生となっている。 ティナリに誘われて雨林の遺跡を調査した時、ファルザンは森の奥へと歩を進め、そこで敬虔な祈りを耳にした。「——知恵の神様、あたしに文字をもっと勉強させてくれ!」 …祈りの声は切実で、真摯なものだった。ファルザンは思わず感動してしまった——今のスメールに、文字を研究することに対し、これほどの情熱を持つ者がまだいたとは! 今の声は文字を知らない幼子のものには聞こえなかったし、サティアワダライフにいる学者のものでもなかった。一人で雨林の奥深くにまで入ってきたということは、腕がいい証明だ。もしかしたら森のギミックに対処した経験もあるかもしれない。 しばらく考えたのち、百年の経験を持つファルザンは、この人物こそ研究方向もあっていて、素質も上等であり、学生に相応しいと判断した。学生にするとその場で決意したファルザンは、木の後ろから厳かに姿を現した。 そうして、周りに誰もいないと思い込んでいたコレイの叫び声が、森にこだましたのであった… 叫び声を聞いたティナリは、すぐに駆けつけてきた。コレイのしどろもどろな説明と、隣から入れられる師匠のフォローによって、この大きな誤解は解けた。 ファルザンもこの若いレンジャーのことをだんだん深く知っていき、彼女を改めて理解した。そして、毎回ガンダルヴァー村を訪れる度に、必ず美味しい差し入れを持って行くようになった。 しかし、コレイの戸惑いはさらに深まることとなった。——誤解は解けたけど、あたしを学生にするって考えは…むしろ強まったんじゃないか? 「師を尊敬し」「勉学に勤しむ」学生は…教令院に沢山いるはずだろ? コレイのどんな所に惹き付けられたのかは、ファルザン自身も気づいていないかもしれない。 その美点とは、尋常ならぬ苦難を経験しても尚、したたかに人生に立ち向かえるところだ。
遺跡から脱出した後、ファルザンは長い休養を経て、やっと正常な意識を取り戻した。 記憶にあるのとはかなり違うスメールを見たファルザンは、自分がまだ遺跡の中にいて、ただの幻のギミックが目の前に映し出されているのだと思った。 教令院から派遣された者が、アーカーシャに残されている百年前の記録情報を頼りに彼女の身分を確認し、百年間の世の移り変わりを彼女に説明するに至って、ファルザンは百年もの時間が過ぎ去ったのだという事実をようやく少しずつ受け入れ始めた。 教令院の学者は妙論派の書籍を持ってきて彼女に見せた。ファルザンが表紙をめくると、扉に書いてある文章が目に入った。 「本書の多くの内容は、ファルザン先輩の論述と手記から来るものである。先輩が教令院に帰還した時、後世の学生がまだファルザン先輩の名を覚えていますように。」 ファルザンは故人がまとめた手記を読んだ。あの頃、共に議論し、未来に思いを馳せた同輩たちの姿がまぶたの裏に浮かぶ。しかし、あれはもう百年も前の話だ。 自分が知っている人も、自分のことを知っている人も、もういない。 スメールに帰ってきたのに、周りのすべては馴染みないもので、まるで異国を彷徨っているようだった。 風に乗って放浪する遊子でさえ、いつかは故郷に帰れる。でも彼女は時間の流れに乗って放浪し、もう過去には戻れない。 傍にいる学者は言葉を選んで、この百年間に何かあったのか問おうとしたが、どう尋ねれば、この大先輩を悲しませずに済むか分からなかった。 ファルザンは静かに本を閉じ、いつもと変わらぬ表情で過去を話し始めた。 「——ただ、一度実験に失敗したにすぎぬ。学者である以上、誰もが数回は経験することじゃろう?」 どんな状況においても、どんな時代を生きていても、ファルザンの時間はそこで停まったりしない。
「クシャレワー学院は、これから先において唯一仕掛けを研究する能力を持つ学院である」…ふん、今となっては妙論派の宣言はあまりにも傲慢すぎる。ワシがスメールで謎解きしていた時、やつらはまだ積み木で遊んでおったかもしれんというのに。
知論派の研究が妙論派で応用できるように…そもそも知識に仕切りなど存在しないものじゃ。すべての学者はクラクサナリデビ様に感謝しておる——教令院を、いや、この知恵の学術都市であるスメールを私欲の束縛から解放し、知識を求める人々に知恵の海を探求する機会を与えてくれたんじゃからな…
あのキングデシェレト遺跡に迷い込まなかったら、ワシはスメールにもっと貢献できたじゃろう…だが幸い、過去の手稿と論文は無駄にならんかった。今では妙論派がそれに便乗し、そのすべてがギミック学の基礎となっておる。ふふん、じゃからワシは「先輩」という肩書きにふさわしいのじゃぞ。
ワシの研究領域の地位はもう昔ほどではない。知論派がワシの経費申請を通してくれなかったのも初めてではないんじゃ…妙論派からは何度も指導教員にならないかと誘われてきた。提示された条件は本当に魅力的なものじゃったよ——より高額な経費に、より多くの学生…じゃが、ワシは断った。なぜなら、誰も見向きもしない分野であろうと、責任を持って開拓し研究せねばならん。全人類の知恵を一歩前に押し進めることは、誰かがやらねばならぬことじゃからな。
平穏で安定した生活を送るには、いくつかの条件を満たさねばならない。一貫した性格とロジック、適切な戦闘能力、のんびりとした仕事、そして職場に近く住みやすい家。 これらのすべてに、アルハイゼンはもう満足できている。学術能力によって社会資源が決まる学者の国での生活に己が向いていることを、彼はまったく否定しない。 今のアルハイゼンの住処は教令院の近辺に位置しており、これも優れた研究によって獲得できた学術資源の一つである。この家について語るならば、学生時代に携わったその研究課題の話は避けられない。当時の同窓たちがもしアルハイゼンのことを未だに覚えているのであれば、彼が集団行動を好まない人間であったことを知っているはずだ。唯一誰かと共にこなした研究といえば、課題自体はかなりの成功を収めたのだが、大喧嘩をした末に別れるという結末に終わった。人々はアルハイゼンがこの物語の主人公だとはっきり認識しているわけではないが、彼と大喧嘩した協力者が、妙論派の建築デザイナーであるカーヴェであったことなら知っているかもしれない。 この学術事件はさほど広まっていない。結局、教令院のような場所で二人の天才が性格や理念の違いから協力を続けられない事例は、そう珍しいことではないからだ。しかし、たとえ協力関係が破綻しても、双方は互いに相手が類まれなる聡明な頭脳を有していることを否定はしない。その時、保留となってしまった共同研究も、その後関連規定に従ってこれを提唱した者の資産とされたのであった。 解散した後は、二人ともこの研究課題に対して精力を注ぐ事はなかったが、その初期段階はそれほど成功したわけであり、アルハイゼンの学術能力の強力な証明となった。それは最後に教令院が資源である物件を分配する際に、この取り消された研究課題を参考から外すのを忘れる程で、アルハイゼンとその課題はかなりの好物件を受け取ることになった。そして研究課題のもう一人のメンバーであるカーヴェは当初、彼と資源の所属問題について一切話し合わず、後になってこれを知る事となった。カーヴェは担当者に、自分はもう住所があるのだからこの資産は必要ないと言って、教令院とアルハイゼンへの伝言を頼んだ。 アルハイゼンが長く疎遠となっていた彼と久しぶりに出会ったとき、カーヴェは既に破産していた。能力にそぐわない観念と性格を有する、これがアルハイゼンがこの昔の友人に下した評価だった。彼らは多くの物事に対して真逆の観点を持ち、未だに折り合いを付けられずにいた。 そんな彼がカーヴェを家にしばらく居候させているのも相当面白い議題となっている。資産の一部を有していたにも関わらず、自ら放棄したのだから、法律及び社会的な面から見て、彼は家賃を払うべきである。しかし学術の面から見れば、家賃を払うという事は多かれ少なかれ彼の研究中にあったすべての努力を否定することとなり、学術精神には適さない。 この件について考えるのは面白いのだが、アルハイゼンはその答えに関心がなかった。破産した元課題協力者を受け入れ、当たり前のように家賃を受け取って、日常のこまごました事を任せる。もちろん、カーヴェがこの件に対して文句があることは十分承知している。だが、それでもいい。アルハイゼンからしてみれば、自分と同じく家族をほぼ持たず、しかしながら互いをよく知る自分と真逆な学者と接触することは鏡の他の面を見るようなもの。人間の視覚はいつだって完璧なものではないが、もう一人の天才がいれば、完璧にできる可能性がある。これを切り口に、彼は世界の他の面を観察でき、本来は見透かすことのできなかった物事を理解できるようになるのだ。
学者の国スメールでは、学術と知識がすべてである。言い換えてみれば、スメールで教令院からある程度認められた学者は往々にして高い地位に就く。アルハイゼンはそんな学者家系の生まれであった。両親が事故により若くして亡くなったため、彼は妙論派出身の祖母によって育てられた。 アルハイゼンには、両親についての印象があまりない。後に祖母の口から、両親はともに教令院で職についていたことを知った。父はかつて知論派で指導教員を担当しており、母親は因論派で有名な学者だったのだ、と。 アルハイゼンの優秀な頭脳は、そんな両親からの遺伝によるものだ。彼は幼少期から非常に聡明で、七歳か八歳のころには既に同世代の子が触れたがらない難解な学術書籍を読んでいた。祖母はそんな彼の優れた素質に気づき、教令院へ早めに入学することを勧めた。…しかし、アルハイゼンはたった半日授業を受けただけで、家に帰ってきてしまった。——この半日、教令院で関わったのはみんなつまらない人たちだった。あの人たちの、まったく価値のない授業を聞いているよりも、自分で読書している方が好きだ——彼はそう祖母に伝えた。祖母はアルハイゼンの中に彼の両親が持っていた才能や性格を見て取り、家で独学することに同意した。 アルハイゼンの独学とは、閲覧と分解、そして再築と懐疑である。学者家系の一員である彼は、幸運にも紙媒体の本に触れることができた。面白い事に、アーカーシャから情報を取得するよりも、彼は祖母のコレクションである紙の書籍を読む方が好きだった。 アーカーシャと比べて、紙の書籍は不便で、古臭く、内容の正しさすら保証されない。このような知識の媒体を利用するということは、間違っている可能性のある情報とも闘争せねばならないことを意味しており、大半のスメール人はそのような闘争を避けたがる。しかしアルハイゼンはそんな闘争を楽しんでいた。彼はそこから、学習し、分析し、訂正する能力をものにし、さらに懐疑という概念を身に着けた。もし質素で原始的な読書が「面倒事」だとすれば、それはアルハイゼンの最も気に入っている面倒事と言えよう。 祖母はアルハイゼンにこう告げた。「あなたもあなたの父親と同じで本を読むのが好きねぇ。あなたたちのような人が聡明さを与えられすぎたのかどうかは分からないけれど、特別だということはいつだって富なのよ。絶対に覚えておいてね。」 知識を認め、追求して信じ、さらに疑うことも絶対に忘れないように。恐らくこれをできた人間だけが、缶詰知識といった便利な媒体にも簡単に心を動かされずに済むのだろう。そして、その条件に適う人材しか知恵の殿堂の奥に保管されているアーカーシャの説明書にまで手を伸ばすこともないだろう。 祖母の言った通り、本には無用な情報が数多く存在している。しかし優れた頭脳はアルハイゼンのために選別をしてくれる。彼が読んだ後もなお記憶に残る本があれば、それはいつの日か彼の助けになり得るかもしれない。 祖母が亡くなった後、アルハイゼンは一人で彼女の葬儀を手配した。そして、彼女が残した財産と、家にあった小さな書庫を受け継いだ。亡くなる前、祖母は心を込めて彼にある言葉を贈った。「あなたは聡明すぎる人間よ。天才の大半は自分勝手で独りよがりな行動を取る。優秀なことも、一般の人々よりも高い視野を持つことも、悪い事じゃないわ。でも必ず用心深く、人より冷静でありなさい。虚栄心から追求し続けることはすべて塵よ。あなたの最大の知恵をもってして、自分の道を識別して選びなさい。」 アルハイゼンが教令院に提出した申請書はすぐに許可され、入学試験を高い点数でパスした彼は知論派に入ることとなった。学院側はアルハイゼンに、彼の祖母が生前、他の学院の傍聴資格を申請していたことを告げ、暇があれば他の授業を聞いてみるのもいいと伝えた。アルハイゼンは祖母の教えに従って、終始、自我と理性、そして控えめな態度を保ち続けた。 数年の後、アルハイゼンは新しい家へと引っ越した。彼は書庫にあった紙の書籍をすべて新居に運んだ。整理する際、彼はかなり昔に読んだ本を何冊か見つけた。本の扉に祝福の言葉が書かれている文化関連の書籍はほとんど母親のコレクションで、本に資料が挟まれており、ページにメモがぎっしりと書かれているのは、基本的に父親の物。それからもう一冊、上質な装丁で作られた翡翠色の分厚い本の扉には、祖母の筆跡が残されていた。「私の孫、アルハイゼンが平和な生活を送れますように。」
人材輩出の国スメールで「デザイナー」と言えば、浮かび上がってくる名はいくらでもある。しかし「建築デザイナー」と言えば、多くの人は無意識にこの名前を思い浮かべることだろう——カーヴェ。 教令院妙論派出身の彼は、直近の数十年で最も優秀な建築デザイナーとされ、妙論派の星と称される名誉をも得ていたほどだった。しかし残念なことに、カーヴェ本人はこの称号に心動かされはしない。 名声と肩書は彼が認められていることの証だが、同時に彼を束縛するものでもあるのだ。例えば今、カーヴェは自身の破産を恥じている。無名の者であれば破産を公言できるが、有名な建築デザイナーがそのようなことはできない。過剰な誠実さは、信頼の危機をもたらすのだから。そのような事情があって、面子の問題からカーヴェはこの話題を避け、必死に楽しく気楽に生きているフリを続けている。 幸い、彼の高いデザイン能力と深い美学への造詣といった才能を買っている人々は、この偽りのことも信じている。 ——大建築家であるカーヴェが、多くの悩みなど抱えているはずがないだろう?
アルカサルザライパレスや教令院を歩く者は、今でもあらゆる場所で妙論派の学生たちが繰り広げる、卒業した「カーヴェ先輩」に対する想像や議論を耳にすることだろう。同じ学院の生徒たちにとって、カーヴェはここ数十年における妙論派屈指の人材であり、名高いデザイナーなのである。優れた作品で、カーヴェは教令院の歴史に己の名前を刻み込んだ。妙論派の学生たちが道端で彼について議論する場面を目にすることがあれば、カーヴェの業績について聞くことができるはずだ——アルカサルザライパレスを単独でデザインした上に、オルモス港のランドマークとも言える古灯台を修復し、港口のリフトや貨物運搬システムを改造。おまけに森林や圏谷地形の空間最適化方法を最初に発表する…などなど。 これほどの成果を収めた「カーヴェ」の名は多くの人にとって、もはや単なる名前ではなく、ある種のデザイナーキャリアの代名詞にもなっている。多くの人が、カーヴェのような経歴を辿ることを望んでいるのだ。学院でずば抜けた才能を見せ、卒業後は大手の各建築関連事業者から内定を得て、数年のちには独立して個人名義で仕事をする… しかし、世間が理解している彼の経歴は、ここまでだ。数々の業績の裏に隠された真実を知る者はほとんどいないが…それこそが、彼のずっと隠していることだ。無論、彼が優秀なデザイナーであることは確かだが、そんな彼も人々が思い描くような完璧な生活は送っていないのである。 過去の経験から、彼はこう言うだろう。誤解は避けられないトラブルだ、と。人はたまに、固定観念に自己の判断をゆだねてしまうことがある。例えば「デザイナー」と聞いて、人々が最初に思い浮かべるのは、ほんの少し指を動かして筆を走らせるだけでお金を稼ぎ、名声を手にできるという夢であろう。また、「芸術」と聞けば、浮かんでくるのはチャラチャラとしていて自己中心的で、陰気かあるいは短気な性格で、あごで人を使う…などといった、どこから来たのかも分からない変わった人物像だ。 しかし、カーヴェは前述のイメージとはまったく合致しない。筆を走らせるだけでデザインを完成させることなど出来るはずもなく、いつも一つひとつの仕事と真剣に向き合っている。彼は成功者の恰好をしているが、その実、報酬だけでプロジェクトの良し悪しを判断することはない。スメールの大多数を遥かに超えるデザインへのこだわりを持つ彼は、デザインの根本に芸術性を置きながらも、人文的意義や実用性をおざなりにしたりはしない。そのため、プロジェクトを進める中で、何かを犠牲にせねばならない場面が出てくる。それは、時に休憩時間であり、時に芸術の装飾的効果であり、そして時に己の報酬だ。 長年の下積み期間を経て、カーヴェはついに成功した。アルカサルザライパレスが落成した後、彼はスメールに名を轟かせたのだ。同業者は巨木の上に聳え立つ伝説的に優れた宮殿に感嘆の声を漏らし、デザイナーの自由奔放な想像力に驚き、様々な価値を融合した美しさに酔いしれた。——建築的機能と文化的佇まいを集大成した、贅沢な工芸美と建築自体の精確さ、精巧さを併せ持つ存在。この作品は山々に包まれた辺り一帯の雰囲気を一新した。アルカサルザライパレスが大いに成功した試みであることを、認めない者はいないだろう。 しかし、彼自身のポリシーやキャリアでの境遇などの積み重なった問題から、カーヴェがこのプロジェクトで破産した件について同業者たちは未だ何も知らない。真実は、成功の裏に隠された苦労のように、カーヴェが努力して隠し続けているのだ。
カーヴェはスメールの典型的な学者家庭に生まれた。父は明論派出身で、教令院に勤めていた。母は妙論派の卒業生で、カーヴェと同じく有名な建築デザイナーだ。両親の影響を受け、カーヴェは子供の頃から建築デザインに興味を示していた。両親が買ってくれた積み木で彼が遊んでいたとき、両親はリビングに座っていたものだった。 たとえ言葉が交わされなくとも、家とはある種の「雰囲気」として、そこに存在するものである。カーヴェの「家」に対する価値観は、あの頃に形成されたものだ。 しかし良い時というのは、いつまでも続くものではない。カーヴェが教令院に入る前のある年、父は息子に背中を押されて、教令院が主催する学院トーナメントに参加した。試合自体は複雑なものではなかったが、有望な優勝候補とされていたカーヴェの父はチャンピオンになれなかった。そればかりか、試合が終了したのち、失踪してしまったのだ。 その後、父が砂漠で事故死したという訃報が届くまで、そう時間はかからなかった。あまりに突然の出来事に、残された母子は混乱に陥った。特に、カーヴェの母はかなりショックを受けた。生来敏感な人であったために夫の死からなかなか立ち直れず、長い間不安感を抱え、憂鬱な気分から抜け出せないでいるようだった。そしてカーヴェもまた目を閉じて眠るたびに、出かける直前に冗談を言い、「いい手土産を持って帰る」と約束してくれた父の姿を何度も夢に見た。幼いカーヴェは気づいてしまっていたのだ。もし自分が提案しなければ、父は試合に参加しなかったかもしれない——そうであれば、失踪することも、死ぬこともなかったのかもしれないと。しかし彼がどんなに願おうとも、起きてしまったことは変わらない。父の死も、母の苦しみも…取り返しのつかないすべての出来事の起因は、自分が口にした、たった一言だった。その日から、カーヴェの人生はすっかり罪悪感に囚われてしまった。 父は善良な優しい人で、こういう人と一緒に暮らせて幸せだと、母は言っていた。父が亡くなった後、母が再び笑顔を見せることはなかった。こうして、「家」は暖かい日の差し込む聖域から、冷たく淋しいただの部屋に変わり果てた。ソファに座った母が、己の震える両手を呆然と見つめる姿を、カーヴェは何度も見た。母の頭の中は真っ白になってしまったようで、彼女は何も描けなくなった。そんな母を見るたびに、カーヴェは見えない手によって押しつぶされたような心地になり、自分に問いただした——僕があんなことをしなければ、この家はこうならなかったはずなのに。 当時のカーヴェはまだ幼く、できることも限られていた。しかし、負い目を感じていた彼はできる限り母に付き添い、落ち込んだ表情を見せずに、ありとあらゆる面で支え続けた…焼け石に水だと分かっていても。 落ち着かない日々が過ぎ、教令院に入学する歳となったカーヴェは、妙論派に入った。息子が入学すれば、母子が一緒にいる時間が減ってしまうのは仕方のないことだ。気分転換にと、カーヴェの母はフォンテーヌへ赴き、その期間中に現地で仕事の誘いを受けた。スメールに戻った彼女は、カーヴェにその良い知らせを伝えた。母がフォンテーヌに行けば、寂しい生活を送ることになると分かっていたカーヴェであったが、それでも彼は喜んで賛成した。そして母がスメールを発つ日、見送りに出掛けた。 …船が出港してからかなりの時間が経っても、カーヴェはずっとそのまま、遥か遠くを眺めていた。どうしようもなく名残惜しかったが、母にとってはこの哀しすぎる場所を離れるのが最善だったのだとも分かっていた。彼女に幸せになってもらうために、カーヴェは己の孤独な気持ちを認めないと決めた。自分はもう大人で、一人で生活しても絶対に大丈夫だと、母と約束したのだ。もしもある日、孤独に苦しみ、バラバラになった家族のために眠れなくなったとしても、それは自分が父に試合への参加を示唆したことの罰だ。父を死なせ母を苦しませた罪人には、どんな報いがあろうと当然のはずで、自分はこの烙印をずっと背負って生きていかなければならない。 こうした考えが、その後も彼の中にはあり続けた。家庭はカーヴェに思いやりの心を教えたと同時に、彼から人を傷つける能力も奪ってしまったと言える。そのためか、それからの幾年も、カーヴェはずっと個性と理想に囚われ、求められるままにどんな人のことも力を尽くして助けた。抗おうとしたこともあったが、本気で他人と敵対できなかった。そして常に善行を重ねているのに、それでも不安を感じずにはいられず、時に罪悪感に蝕まれた。それだけではない…彼は純粋な厚意に応えることができない。何かを決断する度に、自分は罰を受けてしかるべきだと、苦しみの中にこそ慰めがあるといつも考えてしまうのだ。 カーヴェを彫像に例えれば、彼はどの角度から見ても完璧だ。しかし、核となる脆弱な一点さえ見つければ、それだけで全体は完全に打ち砕かれてしまう。
破産した後、カーヴェはしばらく落ち込んでいた。アルカサルザライパレスは、様々な出来事で出来た彼の心の穴を一時的に埋めてくれたが、同時に彼に証明した——理想を叶えるには、いくら捧げても足りないということを。彼は戸惑い、モラがなければ何もできない世の中に苦しめられた。幼い頃から強がりだったカーヴェは、破産して懐に小銭しか残っていないことを同級生たちに知られたくなかった。仕方なく酒場でやけ酒にふけると、一本飲み干した後、テーブルの横で酔いつぶれてしまったようで、起きても同じ場所にいた。 酒場のマスターであるランバドがいつも好意で彼に席と無料の飲み物を取っておいてくれるもので、お返しに、カーヴェは酒場の二階にある特別席をデザインし直してあげた。たまに酒場で教令院の学友に出会うこともあったが、カーヴェはここで酒を飲みながらアイデアを練っているフリをした。そうしてカーヴェは酒場に半月以上も居続けた。その期間に、彼はもう友人とは呼べなくなった「彼」に再会したのである。 カーヴェの昔の友人と言えば、知論派出身の現書記官アルハイゼンを抜きには語れない。学生時代のアルハイゼンは同年齢の者たちよりも遅れて入学したが、成績はずば抜けていた。人々は高い点数を取った学生がいることのみ知っていたが、それが誰で、普段どこにいるのかまでは知らなかった。その学生のことと言えば、妙論派の年配学者までが首を横に振り、賢すぎて扱いにくい天才だと評するほどだった。 その年、カーヴェは母との離別を経験したばかりで、孤独な日々を送っていた。彼は偶然図書館でこの後輩と出会い、好奇心に駆られるまま話しかけた。こうしてカーヴェは知論派の天才アルハイゼンと知り合ったのだ。しかしその後…一方的な思い込みに頼って友人を作ろうとしてはいけないと、時間が証明することになる。自分より二歳年下のアルハイゼンは才能と知恵に富んでいるが、個性や人となり、学術の方向性から理想と観念に至るまで、すべてが自分とは真逆の人間だということにカーヴェはすぐ気が付いた。 学院にいた頃、カーヴェは様々な思い出を作ったが、最も不愉快だったのは、やはりあの共同研究課題だ。二人は互いに才能を認め合い、古代建築と古代文字および言語学の研究を行うプロジェクトを始動することに決めた。カーヴェはアルハイゼンに、研究チームの提唱者になることを勧めた。最初、研究グループには他の学生もいたが、課題が進むにつれ、みんなついて来られなくなった。個人間の、あまりに残酷で直観的な才能の差に、カーヴェは初めて気が付いた。教令院は才能と学術資源を限界まで結び付ける。そのため、人々はある理屈を切実に理解している。アルハイゼンの言葉を借りると、一部のことに関して上限を決めるのが才能で、下限を決めるのが努力だという。一般人と天才はいずれ現実的な要因によって分けられるのだから、属さないグループに無理やり入ろうとする必要はない——しかし当時のカーヴェは、それらは結果ではなく過程にある障害に過ぎず、知恵は多くの人によって共同で開発されるべきだと、頑なに考えていた。これ以上脱落者を出さないために、カーヴェは他の学生たちがやるべき仕事まで、己の時間と体力を割いて処理し、重い負担を自ら背負った。アルハイゼンはこれに始終反対していた…カーヴェがやることは理想主義的すぎる、と。学術は慈善事業ではないし、一時凌ぎの手助けでは現実を変えられないのだ。このようにして二人の意見は別れた。 そしてあるとき、ついにチームに残ったメンバーはアルハイゼンとカーヴェの二人だけになった。積み重なった問題は限界点に達し、一気に爆発した。カーヴェは、アルハイゼンは個人主義的すぎた、より多くの人を助けてやればもっとみんなに受け入れられたはずだと主張した。一方アルハイゼンは、カーヴェの現実離れした理想主義は現実逃避にすぎず、いつかは人生の負担になる。そしてその根源はカーヴェの内にある、避けられない罪悪感から来ていると指摘した。ここまで話してきて、何よりもカーヴェの心を刺したのは、最も親しい友人の核心を突く言葉だった。アルハイゼンは彼が長年直視出来なかった事実を突き付けた。そうしてカーヴェは初めて、現実に傷つけられた痛みを感じ、賢すぎるこの男と友人になったことを後悔したと宣言した。 別れた後、アルハイゼンはためらいもせず論文から署名を削除し、カーヴェは怒りのあまり、己が担当した箇所の論文を破った。しかし、しばらくするとまた後悔して、それらをかき集めて貼り合わせたのだった。カーヴェはあの友人を変えられないと気づいた。逆もまた然りだった。 後日、二人は学術的刊行物に何度も正反対の意見を出し、互いの論点に反駁し合った。『キングデシェレト文明の古代遺跡における古代文字と建築デザインの方向性についての解読』の研究はすでに、学術界に著しい進展をもたらしていた。言語学における成果について言えば、一部の古代文字における、欠けていた文法的理論の空白を埋めたおかげで、複数の重要な古文書の解読を可能にした。建築学における成果もなかなかのもので、一部スメールの特殊地形における家屋の耐力構造を最適化し、偏狭の地に住む民の生活を大幅に改善した。教令院はこれを奨励して、この研究プロジェクトに特別な研究場所を提供した。しかし、人材不足と、主たる研究者の価値観のすれ違いによって…このプロジェクトは最終的に中止となった。 研究課題の失敗は、カーヴェの人生における、消せない過去になった。あれから数年間、何度も挫折を経験したカーヴェは、独りよがりの考えを堅持することが必ずしも役に立つとは限らないことをようやく認めた。すべてを失って初めて、彼は過去の友人の言葉に含まれた深意を理解した。——何にも頼らず天上の花園へと登ろうとすれば、足を踏み外して落ちて死ぬことは避けられない。カーヴェは天才でありながら群集に憧れ、のけ者にされることを無意識に恐れている。彼とアルハイゼンの違いは、まさにそこにあった。 時を酒場のテーブルへと戻そう。それは数年ぶりの再会だった。カーヴェはたまたま酒を買いに来たアルハイゼンの出現に驚き、アルハイゼンは彼が置かれている最悪の現状を一目で見破った。長く生活に追い詰められていたカーヴェはすべての悩みを打ち明けた。問題はどうせ隠せるものではない。それに、唯一関係性が破綻しているこの友人の前でなら、取り繕う必要もなかったからだ。彼は様々な愚痴をこぼした。夜が更けて酒場をあとにし、かつて家だった方角を見るまで、彼は口を閉じなかった。アルハイゼンはと言えば、話を聞くと、またカーヴェのことを見透かしたように、答えにくい質問をした——「君の理想はどうなった?」 学者に間違いを認めさせられるのは現実だけだが、カーヴェは何が現実なのか分からなかった。逃げる必要など無いほどに美しい幻境を追い求める彼は、自分自身を代償として支払うことさえ厭わない。故に、この理想自体は間違いではなく、それを実現する自分の手段のほうが間違っていたと、彼は未だにそう信じていたのだ。 諦めてはいけない。たとえ彼の施した善行が埋め合わせのためだったとしても、それがもたらした結果は一部の人にとって有意義なことだった。理想の国に辿りつけなくても、その輝きが人々を惹きつけることは紛れもない事実なのだ。 幻のような現実…例えば、帰る場所をなくした彼がひょんなことから昔の友人の家に住み着いていること。この書記官名義の不動産は、まさに当時教令院が提供してくれた研究所を転用したもので、あの頃カーヴェがそれを放棄していなければ、余った学術資源も合法的なルートを辿って住宅になることはなかっただろうということ。アルハイゼンが無条件で善いことをしたりしないと知っているカーヴェは肩身が狭く、家事の手伝いを自ら提案したが、結局はすべての雑務を引き受けることになったこと…それらはドン底にいる人間にとって、一応の悩みではあるが、同時にあることを証明してもいる。変えられない友人こそが、人生の中で揺るぎない過去なのだと。理性と感性、言語と建築、知識と人情…これらの決して融け合うことのできないものたちは、いつも鏡の表と裏を、ないし世界全体を形作っている。
学生時代のカーヴェは課題のために奔走し、幾度も同級生たちと様々な遺跡を訪れた。当時の参加者たちはみな若く、陵墓の奥深くまでは入れなかったが、収めた成果はかなりのものだった。 しかし、古代遺跡の探索にリスクは付き物だ。いくらプロとは言っても、参加した限りは、危険な目に遭うことは避けられない。とある調査の途中、学生たちのチームはかなりの危機——小部屋の崩壊に出くわしてしまった。カーヴェが、同行していた二人の妙論派の学生を陵墓から全力で押し出していなければ、彼らは中で命を落としていただろう。カーヴェ自身はと言えば、散々な目に遭った挙句、なんとか軽傷を負ったのみで脱出したが、同級生たちの気持ちの変化を止めることはできなかった。他人が成果を得られるようにカーヴェは手伝っているつもりだったが、結局大半の人は現状と己の能力の差に戸惑い、最終的には課題から降りてしまった。 カーヴェは「神の目」の存在を知っており、不思議な証は危険が訪れた際に与えられるものだと思っていたが、調査が進むなかで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてもなお、彼は神から眼差しを向けられず、己の力を尽くしてみんなを救い出した。 数年後、カーヴェは卒業して教令院を離れ、職に就いた。もう長いこと、彼は神の目のことや、それがどんな人間に与えられるかについて、考えなくなっていた。願いある者だけが、神の眼差しを受けられると言われている。しかし恐らく自分は、そういった人物ではないということだろう。 その後、カーヴェは味気ない日々を送っていた。彼はデザインで忙しくなり、一時的に追い詰められていた。芸術が認められず、彼は疲弊していたのだ。母はフォンテーヌで新しい家庭を築き、不動産やその他の財産を息子である彼に残した…どれも彼にはどうすることもできない、論ずる価値すらないようなことだった—— アルカサルザライパレスが突如として現れた死域に破壊されたあの日まで。カーヴェは廃墟に座り込み、一晩中考えた。そして突然、とある考えが脳裏に浮かんだ。何も顧みず、すべてを捧げて目の前の夢を掴みたい…そう思った彼は家に戻り、関連機構に連絡して手続きを行った。偶然にも、不動産の売買がちょうど盛んな時期だったため、カーヴェは僅か半日で住宅を売却し、工事に投入するための資金を回収できた。 様々な雑用を処理し終えると、カーヴェは最後に長年生活していた旧宅に戻った。彼はピタパンで小さなアルカサルザライパレスを創り上げると、それをプレートに載せ、ソースとヨーグルトをかけて、精巧なデザートに仕上げた。 この料理は難しいものではなく、幼かったカーヴェは、父からこれの作り方を学んだ。しかし、父が亡くなってからは、あまり作らなくなっていた。今日はただの気まぐれで、久しぶりに味わいたかった。 厳密に言えば、これはカーヴェの一番好きなデザートではない。それでもこれを食べるために、築きあげられたアルカサルザライパレスを崩さなければならないとき、彼は喉の奥に苦いものを感じた。 そうして砕かれたピタパンの中には、輝かしい「神の目」が静かに横たわっていた。 カーヴェは信じられない心持ちでそれを眺めた。何年も遅れて、それはやっと彼の目の前に現れたのだ。それはあまりに眩しく、まるで天上にある幻の国のようだった。しかし幸い、それは理想と比べれば、こんなにも近くにある存在だ。
素人は、妙論派建築デザイナーたちの専門分野を、土やら木材やらだと思いがちだが…これはあまりにも浅い見解だ。議論の必要もない。材料をくっつけるだけで建物が完成するっていうなら、それはこの学科の存在意義を否定しているようなものだ。建築設計は人類の文化の一環であり、芸術でもある。芸術が人から離れ、独立して存在することは不可能なんだ。使う人の気持ち、見る人の心境…僕はこれらについて常々考えを巡らせている。ああ、そうだ。芸術表現と人文的なニーズをいかに融合させるかというのも、とても重要だからな。
「ネフェル、教令院に入ってからも、手紙を書くことを忘れないでくださいね。いいですか?」左右で異なる色の目を持つ友人は、ネフェルの手を取り、微笑みながらこう言った。 故郷を失った子供は、ぎこちない笑みを浮かべて頷いた。数日後には使者と共に教令院へ向かい、新たな未来へと歩き出すことになる。 当時の幼いネフェルにとって未来はあまりにも広大なもので、自分がどこにたどり着くのかさえ分からないほどだった。しかし、彼女は自分がこれからどうなっていくのか、その混沌とした想像に浸ることを、むしろ楽しんでいた。 アムリタ学院に入れるのが理想だ。砂漠の植物や生物を見分けるのは得意だから、生論派の研究にはきっと向いている。それがダメなら…クシャレワー学院でもいいだろう。機械仕掛けの装置は見ているだけでも面白いし、手先も器用だから、もしかしたら妙論派にも受け入れてもらえるかもしれない。ただ、スパンタマッド学院は諦めたほうがいいだろう。「神の目」がないから元素力を扱えず、大変な思いをすることになりそうだ。残りは…確か、ハルヴァタット学院と、それからルタワヒスト学院…… そんなことを考えながらネフェルは眠りについた。以前は時折、あの薄暗い地下室の夢を見た。彼女は夢の中で、独りぼっちで耳をふさぎ、誰にも見つからないように息を押し殺していた。しかし、地下室の扉は突然勢いよく開かれ、赤く染まった刃が振り下ろされる…そこで、彼女は叫び声を上げて目を覚ます。 しかし今となっては、素晴らしき学院での未来が夢の全てを占めており、過去の影が爪を伸ばしてくる余地はなくなった。 だが現実は、砂漠の流砂のように、想像を跡形もなく呑み込んでしまうものだ。 「…ネフェル?ああ、砂漠の人間か。君は因論派だ」 学者はネフェルを見下ろし、酷薄に宣告した。 「まだ、分院試験を受けていません。」 「分院試験?その必要はない。本を持って、手続きに行きなさい。」 「……」 学者の答えは冷たいものだった。この問答は、既に結論が定められたものに過ぎなかった。 「分かりました。」 砂漠から来た学生は頷き、本を手にして黙々と自分の道を歩き始めた。 彼女に対する傲慢な理屈の数々は、学者の喉を詰まらせそうになるほどに取り揃えられていたのだ。 「…チッ、砂漠の人間ごときが。」 …ともかく、教令院の指の隙間から、ついに一滴の水が砂漠へと滴り落ちたのだ。 彼女のような砂漠の人間からすれば、その一滴を手に入れたというだけでも、非常に大きな進歩だった。 …… 彼女の後姿を見て、別の学者が顔をしかめた。 「教令院に入学した全ての学生には、分院試験を受ける権利がある。こんなやり方が認められるものか!」 「ジュライセンよ、私は規則に従っているだけだ。わざわざ事を荒立てる必要がない。そもそも砂漠の人間を受け入れるというだけでも十分……」 「ワシの目に映るあの子は、砂漠の人間でも雨林の人間でもない。ただ教令院に学びに来た、一人の学生だ!」 「…分かったから、声を抑えてくれ。アザール一派に聞かれたら面倒だ。」
彼は私と手を組んだことのある妙論派の一人ですの。教令院の一部の頑固頭と違って、自分の理想のために戦う人であり、私は彼を尊敬していますわ。だから、裏で彼にたっぷりとモラを貸して、私のアルカサルザライパレスを作ってもらいましたの。心優しいドリーの資金援助がなければ、今のカーヴェはなかったと言えますわね。
そのほかのゲーム内テキスト
40一番重要なのは、これが久々の大発見だという点だ。カビカバスの事故以来、妙論派の威光はどんどん薄れ続け…今や地に落ちたも同然…
私はたくさんの学生を指導してきたが…妙論派を卒業した一流の建築デザイナーたちは、たいていそこまで幸福ではなかった。
でも俺は学者じゃないから、理論知識に欠けている。実験条件もないし、妙論派の友人もいない…それに、今はアーカーシャも止められてしまった…
ふふん、何でも聞いてくれたまえ。何しろ私は遺跡機械を専攻している妙論派の学者だ。このでかいヤツの研究に関しては年季が入っている。
「妙論派」の共同研究について…
はぁ…妙論派の好意を受けぬなら、知論派の生徒に授業をしなければならんと?ワシよりも、やつらのほうがよっぽど嫌がっておるやもしれぬがな。
「クシャレワー学院は、これから先において唯一仕掛けを研究する能力を持つ学院である」…ふん、今となっては妙論派の宣言はあまりにも傲慢すぎる。ワシがスメールで謎解きしていた時、やつらはまだ積み木で遊んでおったかもしれんというのに。
その顔は、金で悩んでる顔だな?まあ無理もないな。芸術において君を超えるやつは、ここ数十年妙論派にはいない。だが金儲けのこととなると…君は凄まじく脳味噌が古いからな。
(灯台の見張り役は、妙論派に任せるべきなのでは?)
…は職人が長い年月をかけて彫ったような模様があるため、よく外国の客に高価な印象を与える。しかし実際のところ、この香炉の作りはスメールシティ内のカップや皿と同じく、妙論派の装置が製作を助けている。そのため製作にかかる時間はそれほどの物ではなく、価格もお手頃で、お香が一般家庭に普及するのに貢献した中堅どころである。
私たち妙論派は、真の技術のことしか気にしてはいない。
ドリー自身について·妙論派
…ふん、どうせ妙論派のやつらはこれを機に、ワシを説得してやつらの学院に引き込もうと狙っておるんじゃろ?これ以上言いたてられても無駄じゃ。ワシは研究方向を変える気なんざさらさら無い。
「ファルザン先輩、お声がけありがとうございました…じっくり検討しましたが、やはり妙論派の道を選ぶことにしました!」
ここにある植物は各地から運ばれてきたもので、性質もそれぞれ異なる。温度や湿度を保つため、主催はわざわざ妙論派に特製の植木鉢を作らせたんだ。
もし先輩が妙論派に来てくれるのなら、財政状況がいくら厳しくても、学院はきっと経費を出してくれるはずです…
将来おれは妙論派に入って、もっとすごい紙の鳥を作るんだ!
…その欠点として、繊細な模様を織るに適さないこと。通常他の種類の縦式機械と一緒に使われる。 この装置にはまだ不足があるとはいえ、その基礎的な設計の理念は依然として妙論派が誇る研究成果の一つであり、時に異なる専門の学者に閃きを与える——とある建築専門の学者は現場で作りたて販売のカーペットを買ったとき、この装置を睨みながら何かを考え、独り言を呟いた「もしかしたらまず建築材料を運ぶ施設を組み立て、そして建物を一…
地脈に流れる高圧電流を吸い取る、巨大なツル草の魔物。 樹冠からは、大地の怒りを発散させるように、次々と電気を放出する。 かつて妙論派の学者たちは、迅電樹の周りに複雑な電気回路を配列すれば、そこから得た電気を街まで送り、使うことができるだろうと提唱した。しかしこの計画に素論派の学者たちは猛反対し、電気を使うことの危険性を証明するために10匹のキノシシを犠牲にした。
…ら、生論派の研究にはきっと向いている。それがダメなら…クシャレワー学院でもいいだろう。機械仕掛けの装置は見ているだけでも面白いし、手先も器用だから、もしかしたら妙論派にも受け入れてもらえるかもしれない。ただ、スパンタマッド学院は諦めたほうがいいだろう。「神の目」がないから元素力を扱えず、大変な思いをすることになりそうだ。残りは…確か、ハルヴァタット学院と、それからルタワヒスト学院…… そんなことを考えな…
妙論派責任者のアニスは今、オルモス港の旅館で休んでいます。少しでも興味を持って下さるようでしたら、その辺りで彼女を探してみてください。
彼は私と手を組んだことのある妙論派の一人ですの。教令院の一部の頑固頭と違って、自分の理想のために戦う人であり、私は彼を尊敬していますわ。だから、裏で彼にたっぷりとモラを貸して、私のアルカサルザライパレスを作ってもらいましたの。心優しいドリーの資金援助がなければ、今のカーヴェはなかったと言えますわね。
教令院の若い学者たちは、実験機材を用いて調理する習慣がある。時間を節約するために、装置を専門分野とする「妙論派」の誰かが鉱物からエネルギーを抽出して効率を上げるこの装置を作った。 これでコーヒーを入れたり、肉を焼いたりするのはいかにも「実験室」という感じがして、研究者の間でもそこそこ人気があり、愛好家によって改良が加えられている。 今手に取っている…
一行は学者を追いかけていた魔物を倒した。学者は肩で息をしながら感謝の言葉を述べた。 「アイデアを求めて外出しただけで、命を落しそうになるとは思わなかったよ。でも、こういう時こそインスピレーションが湧いてくるものだ。妙論派がマシナリーについて研究を重ねていることは、君たちも知っているだろう?どうだい?君たちの装備をちょっと改造してみないか?」
ははっ、どうやら自分の価値をあんまりよく分かってないな。名高い妙論派の星を招待できるなら、このぐらいどうってことないさ。
…を収めたのだが、大喧嘩をした末に別れるという結末に終わった。人々はアルハイゼンがこの物語の主人公だとはっきり認識しているわけではないが、彼と大喧嘩した協力者が、妙論派の建築デザイナーであるカーヴェであったことなら知っているかもしれない。 この学術事件はさほど広まっていない。結局、教令院のような場所で二人の天才が性格や理念の違いから協力を続けられない事例は、そう珍しいことではないからだ。しかし、たとえ協力…
多くの後輩にとっては、ワシも「伝説の人物」と言えるんじゃぞ。妙論派の教材にも、ワシの経歴が載ってるほどじゃ。
ふふっ、妙論派の人たちはこんなことを考えなくて済むのよね、羨ましいわ…
それを境に妙論派は没落していった。彼がもう少し長く生きていれば、私も経費のことばかり気にせずに済んだろうに。
『不安定な状態における混沌の炉心の安全性強化に関する理論と実践——デーヴァーンタカ山にある古国カーンルイアの遺跡巨像を例として』というタイトルの論文。本文には専門用語が多く、妙論派のベテラン学者でもなければ、論文の論証過程を理解するのは難しいだろう。
…スメールで教令院からある程度認められた学者は往々にして高い地位に就く。アルハイゼンはそんな学者家系の生まれであった。両親が事故により若くして亡くなったため、彼は妙論派出身の祖母によって育てられた。 アルハイゼンには、両親についての印象があまりない。後に祖母の口から、両親はともに教令院で職についていたことを知った。父はかつて知論派で指導教員を担当しており、母親は因論派で有名な学者だったのだ、と。 アルハイ…
…とにかく、アジャンタ彫刻店と妙論派の責任者は皆、ファルザン先輩がこの研究課題に参加してくださることを強く願っています…
…本の木に覆われた遺跡には、龍という名の獣が眠っている。 童話によると、これらの獣はもともと古代王国の衛兵だったが、呪いを受けて今の姿になったのだという。 でも、妙論派の学者の中には、龍のように見える獣は実は機械であり、呪いの産物ではないと、指摘する人もいる。 学者たちは、子供たちが童話を聞いて己を危険にさらされないように、全力でこのことを宣伝している。
…設置されている。行商人の船の手配に影響を与えるもので、スメールの水上貿易にも間接的な影響をもたらしている。噂によると、遠くまで照らすことのできる照明を追い求め、妙論派の学者は灯台のために新しい照明機構を設計したらしい。しかし、その原理はあまりにも複雑で、一般市民は深く知ろうともせず、その巧妙な細工にも興味がない…
ワシが所属する学派は、「ギミック」を研究する妙論派でも、エネルギーの流れを研究する素論派でもない。言語や文字を専攻とする知論派なんじゃ。
あ、そうそう!ジャザリーさんに聞いたんだった。カビカバスは妙論派の天才で、遺跡巨像の研究をしてるんだったよな。
そう。この百年に渡る妙論派のギミック研究…その大部分は、彼女の残した論述や原稿を基に発展してきたものなんだ。
誠実な手紙:「ファルザン先輩、お声がけありがとうございました…じっくり検討しましたが、やはり妙論派の道を選ぶことにしました!」
おれ聞いたことあるぞ!妙論派のクシャレワー学院に入ればいいんだ!
聞いたことないか?妙論派の大物学者で、庭園設計の学術的権威だ。昔、僕の母さんを教えていた人でもあった。