メロピデ要塞
フォンテーヌの水没した監獄
フォンテーヌの水没した監獄。海の底にある。
囚人が働いて生活し、ボクシングの興行まで開かれている。監獄というより一つの町に近い。所長はウリアンヌで、看守と囚人の関係も独特にゆるい。
フォンテーヌが「正義」を理念に掲げ、裁判ですべてを決める国であることを考えると、この要塞は理念の受け皿として置かれている。裁かれた者がその後どう生きるのか——という問いを、この国は水の底に沈めていた。
一次資料での用例
9この言葉が出てくる場面
24検律庭をこの上なく安堵させる事実、それはフォンテーヌ廷の大多数の市民が法を順守し、メロピデ要塞とは無縁の人生を歩んでいるということだ。 同時にもう一つ、もっともながら悲哀も垣間見える事実が存在する。それは、服役を終えた罪人が再び水の上での暮らしに馴染むことは非常に難しく、ほとんどの場合、自分から水の下での経験を語らないという点だ。 メロピデ要塞は、具体的な場所というよりもある種の概念に近く、警告、不幸、懲罰の象徴としてフォンテーヌのことわざや決まり文句の中に引用される。この概念を司るのが誰であるか、というのは決して重要ではない。 そのお陰で、リオセスリはあたかも世捨て人のように、「公爵」の身分には極めて不釣り合いな形をもってフォンテーヌで暮らしている。 人々が「次に騒ぎでも起こしたら、メロピデ要塞に叩き込んでやる」「こんな厄介事に関わるくらいなら、海の底でネジを回してたほうがマシだ」などと言うとき、ちょうど水中要塞の管理者がアフタヌーンティーをテイクアウトすべく、カフェへと通じる石畳の上を歩いているかもしれない。
リオセスリがメロピデ要塞を離れることはあまりない。自らの手で作り上げた情報網と人脈を頼りに、執務室で座ったまま必要な情報と物資を手にすることができるからだ。 だが彼も理解はしていた。「煩雑な業務のせいで、ここに囚われ続けるわけにはいかない。さもなくば永遠に眠れぬままか、でなければ遅かれ早かれ海底で永遠の眠りにつく羽目になる」と… この場所を肩ひじ張らずに管理していくために何より重要な事柄は二つだけ——そう、金と人だ。 彼の場合、メロピデ要塞が元々巨大な工場であり、なおかつ自身が金儲けに長けており、パレ·メルモニアのような太っ腹な客を捕まえられたのは、幸運なことだった。手厚い対応をするのは、パレ·メルモニアの権勢を敬ってのことではない。フォンテーヌ廷にはそもそもメロピデ要塞の庶務に口を出す権利がない——要は貴重なモラのためだ。モラはあればあるほどいい。ゆえに、たとえ共律庭が書類仕事に対して煩わしいほどの厳しい要求を出してきても、リオセスリはそのすべてに応えた。 (もともと、フォンテーヌ運動エネルギー工学科学研究院は研究材料としてアルケウムを大量に必要としていた。パレ·メルモニアと取引先として張り合うこともできたかもしれないが、あそこが壮麗な空中の観光スポットとなったことで、惜しみつつもビジネスパートナーの選択肢からは除外した。縁があればまたの機会に。) 金持ちが犯しがちな過ちと言えば、お金の力を高く見積もりすぎて、傲慢になってしまうことだ。だが、そうならずに済んでいるという点でもリオセスリはツイていた。彼は生まれつき裕福だったわけではないため、善意の人助けがどれほど大切であるかを知っていたのだ。 メロピデ要塞に身を寄せる人々と分け隔てなく接し、罪人だろうが看守だろうがただの従業員だろうが、立場を弁えてさえいれば責め立てることはない。 逆に言うと、分不相応な振る舞いをする者に対しては物申すこともあった。水中の空間は地上に比べれば閉塞的で、大多数は行く当てがなくここに留まり続けるしかない。できることなら、皆が理屈の分かる人間であってほしいとリオセスリは願っている。言葉で伝えても効き目がないなら、より説得力のある手段を取るまでだ。 人間同士の無意味でありながら避け難い揉め事や些末な事柄に関しては、時には放っておくのもよい。頭が冴えている人なら事を荒立てるべきでないと分かるし、冴えていない人であれば自ずと向かうべき場所がある。水に自浄作用があるように、人間にも似たような力が働くのだ。 それゆえ、リオセスリは忙しさで目を回すこともなく、むしろある程度自由な時間を作ることができた。 ある時、フォンテーヌで決闘代理人として名高いクロリンデが訪れると、何気なく聞いた。「私よりあなたのほうがのんびりして見えるのはなぜだ?その公爵の称号とやらは、金で買ったわけじゃないのだろう?」 「少し待て。」 疑いをかけられたリオセスリはそう言うと、三つの引き出しを立て続けに開け閉めして、数ページに渡る分厚い書類をガサゴソと取り出した。「どれどれ…『…適切に管理を行い…納税に前向き…』…『ここに特別に称号を授ける…』…どう思う?おおよそ、あんたの言う通りだな。」
公平無私の国として知られるフォンテーヌにおいて、金で買える肩書きなどはない。先ほどの二人の会話はでたらめである。リオセスリとクロリンデは味気ない公務のやり取りの合間に冗談を言い合ったにすぎない。 しかし、「公爵」の称号は取引と無関係であるものの、リオセスリがメロピデ要塞を任されていることと「お金」との間には切っても切れない関係がある。 特別許可券はメロピデ要塞で流通している「お金」だ。ここでは特別許可券が取引の媒介であり、それは今も昔も変わらない。だが、具体的な価値は常に変化している。リオセスリがまだ囚人としてここに留まっていた頃は、特別許可券の使い道は今よりも自由で、買える物の品ぞろえもずっと豊富だった。ポケットに十分な数の券がありさえすれば、健康を害する薬品や100%当たる賭け予測、揺らぎがちな人の心、他人が息をする権利までも買うことができた。 これらは非公式な取引だが、公式のほうも素晴らしい。個人的な伝手を持たない場合、食堂で値の張る水や食べ物を買うしかない。そして、付いてくるおみくじに書かれているのは意味不明なことわざなどではなく、嘘でも偽りでもない、その日のうちに終わらせなければならない追加の仕事内容だった。当時の特別許可券はお金というよりも前管理者が罪人を支配するための道具のようであった。 法に背いた罪人をルールのない混沌に放り込み、各自で何とかしてもらう。確かにいい方法にも聞こえるが、リオセスリは賛同できなかった——「生き延びるために環境に順応することならできる。だが、その環境が生存に適していないのなら、何もせずに死を待つわけにはいかない」と、そう考えていた。 彼は相当長い時間をかけて地下格闘場で特別許可券を貯め、それを元手にさらに稼いだ。他人を観察することにも説得することにも長けており、なおかつ謙虚な態度だったため、大多数が気づかぬうちに他の人々を遥かにしのぐ数の特別許可券を手にしていた。 富を蓄えたことで罪人の間での声望が高まった彼の元に、やがて長年心待ちにしていたその時は訪れた。ある日一夜にして、彼の口座はメロピデ要塞前管理者の手により空にされてしまう。 だがすでに述べたとおり、リオセスリは説得が上手かった。言葉には人を扇動する力がある。彼は言葉を使って皆に気づかせるだけでよかった。「あんな管理の下では誰もが——貧しかろうが裕福だろうが——自分と同じような憂き目に遭う可能性がある」と…こうなれば人々は彼のために声を上げるだろう。彼の実直な語りかけと壮大なシチュエーションが揃う時、人々は自らに足りない価値を補うべく仲間に加わろうとする。 こうして、公平、正義、秩序の名の下にリオセスリは要塞の前管理者に決闘を申し込んだ。彼らの身分と住まいからすれば、決闘と言っても名ばかりのもの。だが、取り囲む人々は罪人であれ看守であれ、誰一人として異議を唱えなかった。 幸運にも前管理者は決闘直前に逃げ出したため、リオセスリは人殺しを重ねずに済んだ。一方で不運と言えることもある。本来、その日は彼が服役を終える日だった。しかし管理者不在のため、出獄手続きをしてくれる人がいなかったのだ。 そこで彼はメロピデ要塞の中央に位置する執務室に入り、すべての職務を引き継いだのだった。
書類を手に取ることができるようになり、リオセスリは自分の事件記録を閲覧した。内容は多くはないが、フォンテーヌ当局が調べうる情報のすべてだった。里親の売買記録によれば彼は捨て子として引き取られたそうで、それ以外にめぼしい情報はなかった。 目を通すうちに見覚えのある名前を見つけた。ぼんやりとした人の顔が記憶の中で束の間に浮かび上がっては、ページをめくる音と共に脳裏に消えた。リオセスリが望めば、自身の人脈を使うことで昔の仲間の現在を調べることもできただろう。しかし、その考えは浮かんだ瞬間にかき消された。 彼らにとってみれば、リオセスリは思い出したくない過去を象徴するようなものだ。そしてリオセスリにとっては、それらの名前はもはや今の生活を形作る一部ではなくなっている。彼には新しい身分、新しい住まい、新しい友人がいる。 それは普通とは違う体験だ。知り合いは大勢いるが、友と呼べるのはごく一部で、中には少なからず人間ではない者がいる——メリュジーヌたちは確かに人とつるむのが好きだな、と彼は思う。見た目だけで彼女たちの小さな体と年齢を結びつけるのは難しい。だが彼女たちが見せる善意には、確かに年長者特有の純朴さがある。「年端もいかない生き物は根っからの善良で、親心を持って接するにふさわしく、予測のつかない無限の未来が待っている」と彼女たちは信じているのだ。 リオセスリは何度もメリュジーヌの世話になった。無一物で街を彷徨っていた頃には、通りがかりのメリュジーヌが温かいスープをごちそうしてくれた。鉄拳闘技場に出るたびケガをして戻っていた頃は、医務室のシグウィンが毎回親切に迎えてくれた。そして、極秘事項を調べる必要があった時には、マレショーセ·ファントムの警察隊員たちが法律の範囲内でできる限り手を差し伸べてくれた。 それゆえに、メリュジーヌがメロピデ要塞を見物に来るたび、余計な面倒事が起きる可能性があってもリオセスリは黙認してきた。警告すべきことは看護師長が伝えてくれるため、自分までしつこく言う必要はない。ましてや彼女たちに彼の目を盗んであちこちにステッカーを貼る能力があるなら、その身の安全をわざわざ心配してやる必要もないだろう。
リオセスリの機械仕掛けのナックルは何度も生まれ変わってきた。 遡れば里親の家から逃げ出した時が始まりだ。当時の彼の年齢と体格では、大人に対抗し続けることは不可能だった。街を彷徨い歩くしかなく、アルバイトや見習いとして働き、解錠と小型装置製作の技術を手探りで身につけた。そしてできる限りの準備を整え、あの劣悪な場所を破壊しに戻った。 彼は腕に嵌められる装置を作った。それは高速で釘を弾き出せて、硬度の高すぎない場所ならどこにでも打ち込めた。使用回数が限られている点が玉に瑕で、戦いの後の装置はまるで彼自身のように瀕死状態に陥った。しかも彼とは違い、回復する見込みはなかった。 以前、メロピデ要塞で地下闘技をやっていた時は、決まった試合場所もルールもなかった。彼は勝つため、特別許可券を稼ぐために、ナックルの機能を常に新しくする必要があった。なぜなら、同じような小細工を二度も使えば、相手に利用されてしっぺ返しを食らう可能性があるからだ。また、試合で生き延びたとしてもナックルが盗まれたり壊されたりする可能性も大いにあった。そのため、数えきれないほど振り出しに戻ってきたのである。 より良いリソースを確保できるようになってからは、ナックル作りの手際もよくなった。化学薬品に頼って装置を駆動させる必要はなくなり、フォンテーヌ科学院の助っ人たちにも恵まれた。彼ら研究員たちはいつも機械の動く仕組みについて解説しながら、科学院で起きた荒唐無稽な事件についてあれこれと愚痴をこぼす。一方のリオセスリは、科学技術の進歩が犯罪の増加をもたらすとともに、事件捜査にも役立っていることを鑑み、良くなったとも悪くなったとも言い難い状況を興味深く思うのだった。 その頃にはもうほとんど試合に出ることはなく、ナックルはひと際厄介なトラブル解決のために使われていた。もはや人の命を奪う道具ではなく、むしろ称賛と敬意をもたらしてくれる。 しかし、人々は彼の犯した過ちを知らない。そして、彼だけが今もはっきりと記憶しているのだ——どれほど多くの栄誉や名声を手にしても、依然として自身の知る「リオセスリ」であることに変わりはないことを… 善人でもなければ完全なる悪人でもない。生き延びている命、ただそれだけなのだ。
「…しかし古代の作家たちはこぞって、栄枯盛衰は世の常で、永久不変のものはないと言った…」 ファデュイが差し向けたスパイの件を解決した後、リオセスリは一人メロピデ要塞付近の海をひと回り泳いでみた。泳いだのはほんの短い時間だったが、帰ってから肌に軽く赤みが出ていることに気がついた。とはいえすぐに元に戻り、医務室で検査をすることもなく、この件を誰かに伝えようともしていない。ここ数年、予言が一歩ずつ現実になりつつあることは、様々な兆しから見て明らかだ。信じる者も信じない者もそれぞれに自分の揺るぎない指針があるがゆえ、その情報を必要としていない。 彼はメロピデ要塞で歴史を研究する罪人に何人か会ったことがある。その数は少ないが、意識のはっきりしている時でもよく突拍子のないことを口にしていた。そして「これは歴史学者にはよくある病気みたいなものでして、公爵様のお気に障りませんように」と言うのだ。もちろん彼らの口から聞く言葉を不快に思うことはなく、その理論に興味さえ抱いた。ある説では、繁栄を極めれば必ず衰退し、やがて再興するのがこの世の常であるならば、レムリアを飲み込んだあの大きな海はいずれ帰ってくるかもしれない、と言われている。そう聞くと、予言がもはや予言には聞こえず、ある種の規則に基づいて得られた推論のように思えてくる。 この理論を信じるか否かについては、他の多くの物事に対してそうであるように、様子見の立場を取っている。というのも、メロピデ要塞では常日頃から「仲裁」を必要とする問題が起きるが、同じ現場にいた目撃者の証言はほとんどの確率で一致しない。それゆえに、存在するあらゆる記録について鵜呑みにしないようにしている。歴史的な記述であればなおさらとなる。叙情的な語りには誇張された表現が当たり前にあるからだ。「…海淵の下の巨龍までもが王に臣従した」…とは言うが、単に特大級のヴィシャップだったりするんじゃないだろうか? こういった輝かしい語りを除いた部分にこそ、彼は目を留める。 まだ先のある人生において、リオセスリはいつも何かしらの目的のために準備をしているようだ。彼はどのような状況下でも、人々が恐慌によって支配されることを望まない。恐慌に陥った個人の感情を取り除けば、後には危機意識と呼ばれるものが残る。危機に対応するために、たとえ無駄骨になろうと彼は何かをしなければならない。 歴史は常に壮大だ。歴史の下では、「人間」と波で砕かれ砂浜に打ち上げられた「貝殻」との間に何の違いもない。彼はウィンガレット号の製造準備を始め、物資と人手を大量につぎ込んだが、それほど期待を抱いているわけではない。これは災禍を逃れるための船であり、文明と栄光をもたらす金色のフォルトゥナ号とは雲泥の差がある。 しかし、結果がどうなろうとこの船を無事に動かすことができたら、少なくともジュリエとルールヴィのケンカは無駄ではなかったことになる。 「…古代の作家たちがいみじくも言ったように、栄枯盛衰は世の常で、永久不変のものはないのだ。」
メロピデ要塞の受付の前で、リオセスリはポケットに手を突っ込む——自分の名前と刑期が書かれた紙を職員に見せる必要があったからだ。 すると、紙と一緒に手のひらサイズのガラス玉がポケットから出てきた。 …いや、ガラス玉などではない。リオセスリはまばたきをした。いつの間にこんな物を持っていたのだろうか? 受付の職員は軽く息を呑んだ。その女性は厳粛な面持ちで、顔には皺があり、一瞬見せた驚きの表情もすぐに抑え、ペンを握る手はどっしりと力強い。彼女の唇がわずかに動いたが、結局口は開かれなかった。 リオセスリはとっさに、彼女はここで暮らしたことがあるのだろうと思った。そこで神の目をできるだけ手のひらに収めながら、小声でこう言った。「マダム、お聞きしたいことが…」 年長者の受付係は答えなかった。そして彼の手から紙を引き抜くと、冷淡に彼の背後を見やった。登録に来た次の罪人の姿を確認したようだ。彼女は必要な情報を登録し終えると、そんな必要はないのに、返される書類の端っこに「持っていなさい」とぞんざいに書き加えた。 その時、リオセスリは確信した。ここでの暮らしは街をさすらっていた頃よりもキツくなるだろうと。 幸いなことに、仮に後ろに誰かがいたとしても彼の体が視線を遮っていた。さらには親切な受付係が彼に助言をくれた。その後、彼女と再び会うことがなかったのは残念だが、職員の入れ替わりが激しかった当時のメロピデ要塞を思えば意外なことではない。 正式にメロピデ要塞に入り、リオセスリが最初にしたのは、針金を数本バレないようにくすねて、擦り減ったそれで神の目を服の布と布との間に縫いつけることだった。 帰る家のない生活には幾ばくかの心得がある。何より困難なことは、リソースを得ることではなく留めておくことだ。人には睡眠が必要で、無防備になるタイミングが必ずある。ゆえに、昼間に蓄えた財は眠りに落ちた後に易々と奪われてしまう。それは強盗とも呼べないほどだ。 神の目はなおさら普通の財とは比べようがないため、様々な理由から興味を抱く者がいるに違いなかった。また持ち主も悪い視線を集めがちだ。 のちの日々で彼の懸念は証明された。耳にしただけでも神の目が盗まれる事件は二、三件起きていた。事件のその後と被害者の境遇については、どの噂も違うことを言っていて、リオセスリはさして関心を寄せなかった。 彼はここでも自らの幸運を思った。とはいえ、他人の悲惨な失敗を踏み台のようにして自分を守るというのは、そう簡単に心の底から喜べるものではない。 その後の彼は長きに渡って、神から一度も憐れみを受けたことがない者だと偽ってきた。以前と同じように苦難に立ち向かうだけなら、彼にもどうにかできた。 そうして、かつての倍の年齢に達した頃、パレ·メルモニアからの招待を受けた。 慣例に則り、栄誉ある称号を授けられる市民は誰であれ授与式に参加する必要があったのだ。「公爵」ほどの称号ともなれば、儀式は大がかりになると聞く。 リオセスリは職務の特殊さを口実にやんわりと断り、簡潔にサインして証書を受け取るだけにしたかった。仲間と群れることを好まず、その日暮らしであるという点で、彼は実にフォンテーヌ人らしからぬ性格だ。 やがてかなりの仕事時間を割き、書簡のやりとりを経て、ついにパレ·メルモニアからの同意を得た。 水中を離れる時、リオセスリは久々に神の目を取ると、手のひらに乗せて軽く上下に振った。それは記憶にあるものよりも軽く、手のひらよりも小さかった。彼は服のちょうどいい場所を選び、神の目を引っ掛けた。 最初にそれに反応したのは、彼に称号を授与した最高審判官だ。ヌヴィレットの微笑みは非常に礼儀正しくて嫌味がなかったが、リオセスリよりも嬉しそうにしてこう言った。「おめでとう。ようやく自分の為したいことを見つけたようだ。」 リオセスリはそれを聞くと微笑むだけで、何も語らなかった。
雨か?それならよかった。メロピデ要塞で頭の上から水が降ってきたら、それこそ大問題だがな。
俺のことを深すぎる謎に包まれた人物とか、全能すぎる人物だと思ってくれているやつが多いみたいだが…あいにく俺は、二つの目と二つの耳しか持ち合わせてないんだ。メロピデ要塞の隅々にまで、目や耳が届くわけないだろ?
俺の刑期はとっくに終わってるから、今は自由な市民さ。もちろん水の上をぶらつくことだってできる。 ——案ずることはない。俺がずっと居座ってないとメロピデ要塞が安定して運転できないなんて、かえって不健全だろ?
「働かざる者食うべからず」という言葉は、かなり昔からメロピデ要塞の壁に刻み込まれてる。誰の仕業かは知らんが、水の下じゃ確かに使えるな。
メロピデ要塞と棘薔薇の会は、物資について一部協力関係を築いてはいるが、それ以上のことはない。ナヴィアさんを信用してないとか、彼女の能力を疑ってるってわけじゃないぞ——実を言えばその真逆さ。ただ、水の上と下の事務にお互い干渉しない、というのが俺とカーレスさんの間の約束だったから、それをそのままにしてるだけだ。
メロピデ要塞に彼女のサービスは必要ないはずだ。一部の痕跡は「前車の覆るは後車の戒め」として残されてる…匂いだって痕跡の一種だ。違うかい?
俺の身体にある傷跡?かつて深海の巨獣がメロピデ要塞を占拠しようと攻め込んできたときに、そいつとのケンカでできた傷跡…というのはもちろん嘘だ。信じるなよ。
「ドナテッロ氏は誠実な法の執行者だ。」 ——シュヴルーズは自身の父親を、いつもそう端的に評価する。それは、幼少期の彼女が父親に対して抱いた、たった二つの印象のうちの一つでもある。 ドナテッロは常に多忙だった。毎日朝早く出かけて、夜に疲れた様子で帰ってくると、母親とシュヴルーズにハグをして、帰宅を待ちわびていた二人に優しく謝った。帰りが特に遅くなったときには、シュヴルーズにちょっとしたスイーツを持って帰ってきてくれたものだ。しかし、残念ながらシュヴルーズはとっくに歯磨きを済ませていて、もう甘いものを食べてはいけないのだった。 母親は毎回、貴重なプレゼントが夜の間に悪くなってしまうのを気にして、小さなシュヴルーズにスイーツの生クリームを少しだけ舐めるのを許すと、それをコーヒーと一緒に父親の寝室に運んだ。 そんな時、父親は決まって写真と画鋲で埋め尽くされた壁の前で、ぼんやりしたり、歩き回ったり、タバコを吸ったり、髪をかき乱したりしていた。時には拳を振り上げることもあった。しかし、やがてそれをそっと下ろし、力なく机を叩くのだった…シュヴルーズはそれをドアの外からそっと盗み見ていた… 街中で父親の姿を見かけることがあれば、シュヴルーズは興奮して手を振った。多くの場合、彼は微笑みを返すと、すぐにまた忙しい仕事に戻っていってしまった。 「誠実で良い人。」 母や隣人、同僚、さらには近所の子供たちまでもが、父をそう評した。 しかし常日頃から父を誠実だと褒めていた同僚たちが、ある日突然シュヴルーズの家を訪ねてきた。 母親はなす術もなく、家中を歩き回る彼らを見つめるばかりであった。シュヴルーズは自分の部屋にいたが、外から聞こえてくる口論の内容からおぼろげに事情を察した。どうやら父は、それまで彼自身が捕えてきたはずの「罪人」となり、今まさに審判の時を待っているらしい…メロピデ要塞に送られる可能性も、大いにあるようだ。 「パパは…悪いことをしたの?」 彼女は近くにいた見知らぬ大人たちに尋ねた。相手は少しの間すすり泣くと、こう答えた—— 「…それでも彼は誠実な法の執行者だよ。」 誠実な罪人。 それが幼いシュヴルーズが父に対して抱いた、二つ目の印象だった。
「…さて、シュヴルーズさん。本廷の調査によれば、あなたの父親は警察隊の規則を破り、重大事件の情報を漏えいした罪で、メロピデ要塞に送られました。」 「その後、あなたは母親と共に『サーンドル河』に転居した…父親の罪名と『サーンドル河』在住時の経歴を、本廷に対して補足説明してください」 「『サーンドル河』居住中の経歴について、次の通りご説明します…」 法を犯して牢獄行きとなった父親のドナテッロのこと、困窮してやむを得ず「サーンドル河」に転居したこと、「罪人の子」であるが故に執律庭で働けず、特巡隊で犯罪撲滅を続ける選択をしたこと… 特巡隊隊長になるための審査で、シュヴルーズは毎回同じ原稿を読み上げた。刑期を終えて特巡隊に職を得たドナテッロ氏も、原稿に誤りや見落としがないか、何度も確かめた。 職を追われてからかなりの月日が経っていたが、彼は今でも執律庭の考え方というものをよく理解していた。シュヴルーズがスムーズに特巡隊隊長に就任するためには、執律庭のお偉方に「聞こえのいい」説明を用意し、はっきりとした確信を——かつ「一定の余地」を——与えたうえで、任命について公表させるのが一番だ。 シュヴルーズはもはや子供ではないため、当然理解していた。父親が重大事件の情報を漏えいしたのは、記者たちの好奇心を利用して容疑者に関する捜査を進めたかったからだ。「サーンドル河」に移り住んでからも、執律庭の隊員たち、そしてさらには長官までもが密かに援助してくれたお陰で、実のところ、さほど生活に困ることはなかった。しかも特巡隊の長官や同僚たちは下準備をしたうえで、隊にシュヴルーズを招いて実習を受けさせてくれ、早く仕事になじめるようにしてくれた… しかし、それを口にしたところで、シュヴルーズの特巡隊隊長就任には役立たない。 ドナテッロ氏は娘が自分の背中を追うことに、依然として不安があるようだったが、シュヴルーズはすでに彼が用意した訓練をすべて終えていた。わざと難しく設定していたテストも、彼女は全力で乗り越えた。 シュヴルーズが冬の凍てつく海を必死に泳いでいる間、ドナテッロ氏は一生分ともいえる忍耐力でその場に留まり、幼い娘を抱きしめたい衝動に耐えた。そして、シュヴルーズが震えながら自分の元へと泳ぎ着いた時、ドナテッロ氏はついに気がついた——娘は自分よりも強く、「正義」を貫くのに向いている…と。 だが、そんなことはもう、「サーンドル河」の流れに残していくのがいい。 彼ら父娘は冬の冷たい海を泳ぎ切り、今まさに前進の時を迎えているのだから。 「…父が警察隊の規則に反し、罪を犯したのは確かです。審理に誤りはありません。」 最後に罪状を陳述し、シュヴルーズは原稿を閉じた。 正義は必ずや、予定通りその座につくことだろう。
リオセスリさんの手腕は「実に効果的」だ。少なくとも犯罪者どもは、「メロピデ要塞」が老後を過ごせる生ぬるい場所ではないとはっきりと理解してる。これは、我々が尋問をする上で大いに役立ってくれてるんだ。
メロピデ要塞という巨大な海底施設の中で、常に開放されていて誰でも利用できる場所はそう多くない。シグウィンの医務室はそのうちの一つである。 深夜、急病に見舞われた当番の看守——同僚に担がれて医務室にたどり着くと、温かい飲み物と清潔なベッドが彼を迎えてくれた。昼食の時間、作業を終えたばかりの囚人が疲労のあまり食卓の前で倒れる——やがて医務室で目を覚ますと、保温容器に入った温かい食事がベッドの横に置かれていることに気がついた… それと同時に、いつもシグウィンの微笑みが視界に入る。その微笑みが患者の中にある不安と疲労をたちまち癒し、治療と今後の療養に専念させてくれる。 誰もが彼女の献身的な振る舞いに感嘆するが、一方で彼女の熱量に疑問も抱く。 メロピデ要塞での生活そのものがすでにある種の罰のようなものであり、活力に溢れる若い看守でさえ、しばらく連勤すると休暇を取らないと身が持たなくなる。だが、リオセスリがメロピデ要塞の管理者として就任するまでシグウィンはめったに休暇を取らなかった。医務室の明かりはいついかなる時も点いていて、まるで永遠に消えることがないかのようだ…看守であれ囚人であれ、シグウィンがこれほど熱心に仕事をする理由は誰にも分からない。 「彼女は罪人たちを救うために神様から遣わされた使者なのではなかろうか」 シグウィンの翼を見つめながら、ある囚人がそう呟いた。この説はすぐさま広まった。そうしてシグウィンは陽の光を見ることのできない暗い海の底の「太陽」となり、この陰気でジメジメした監獄に光をもたらした。 「天使」の献身に報いるために、看守たちは既存のルールや制度以外に「暗黙のルール」を一つ作った——シグウィンに対して不敬を働いた囚人には、全員追加の処罰が下される。そういった暗黙の了解は囚人の間にもある——凶悪な犯罪者が初めてメロピデ要塞に投獄される日、ここには絶対に手を出してはいけない人物がいると「警告」を与えておくのだ。 シグウィンは彼女にまつわるルールや暗黙の了解について、一切知らず、ただいつも通りに職務をこなしている。だが、やはり好奇心から彼女にこう聞く者がいる。 「看護師長はどうしてここに残って、俺たちの面倒を見てくれるんすか?疲れたり飽きたりは?」 そう聞かれるたび、シグウィンは珍しく眉間にシワを寄せる。彼女には質問の意図があまり理解できないのだ。 「うーん…猫ちゃんを飼ったことある?お世話して、かわいい姿を見ていること自体、とても楽しいことでしょう?疲れたり飽きたりするはずがないのよ」 もちろん、それを聞いた人は思わず耳を疑ってしまう。そして、彼女のその返答を他の人に教えると、いつも鼻で笑われる。 「ふん、何をふざけたことを…『天使』説のほうがまだ信憑性があるぞ!」
シグウィンがまだ看護師長になって間もない頃、メロピデ要塞の囚人はよく過労を起こしていた。 特別な指示も何もないにも関わらず、休憩時間になっても休まず作業を続ける囚人が多くいたのだ。数日ばかりの遊興のためか、それとも次の格闘試合の賭け金のためか、特別許可券制度の存在が多くの囚人の欲をかき立て、健康を犠牲にしてまで働かせていた。 それを目の当たりにしたシグウィンは不可解で仕方がなかった。彼女からすれば、人間の「疲れ」もまた病気の一種であり、しかも自ら進んでかかる「病気」なのだ。 「でも病気なんだから、治すための薬も作らないとね」 こうしてシグウィンは素材を探し、最終的に満足のいく薬を完成させた。この薬は栄養豊富で味も良く、これならばきっと「疲れ」という病を治すことができると思った。 しかし初めてこの薬を投与しようとしたとき、患者がそれを見るや否や顔色を変えて服用を拒んだ。 困惑したシグウィンは様々な人に助けを求め、やっとシェフとして働く囚人からその答えをもらった。 「そんなの簡単さ。その植物は根っこと茎の部分がものすごく醜い。だから、見ただけで飲めたものじゃないって思ってしまうんだ。ただ、そんなものでも俺たちシェフの手にかかればいい料理にできる」 シェフの美的センスには共感できなかったが、シグウィンは助けてくれると言った彼にとても感謝し、自分で下処理を済ませた素材を渡した。 シェフはそれを見てしばらくの間沈黙した。 「最善を尽くそう。それと一つお願いがあるんだが、次から他のやつに見つからないように素材を渡してくれると助かる」 その時のシグウィンは、シェフが何を案じていたのか理解できなかったが、彼の目から切実さを読み取り、そのお願いに頷いた。その後、この薬はシグウィンによって「栄養食」と名付けられ、食堂の隠れメニューの一つとなった。働き過ぎた翌日には、必ずこのメニューがテーブルに並ぶようになっている。
看護師長になった後、シグウィンがメリュジーヌでありながら人間の姿をしていることは公然の秘密として広まり、メロピデ要塞の外にいる人たちの耳にまで届いた。 シグウィンは人間とメリュジーヌのハーフではないかと勘繰る人もいたが、それを口にした人は例外なくマレショーセ·ファントムから厳重な警告を受けた。最高審判官のヌヴィレットも「うつけ者たちが邪な企みを持たぬように」とこの憶測を公に否定した。 シグウィンはより人間社会に溶け込むために特製の仮面と手袋を身につけていると推測する者もいたが、その説もすぐに世論に否定された。なにしろ人間がメリュジーヌを排斥していたのはずっと昔のことで、今のシグウィンにはそうする必要が全くないからである。 新聞社は大衆の好奇心にビジネスチャンスを見出し、数名の記者をメロピデ要塞に派遣してシグウィンにインタビューすることにした。 「不躾な質問で恐縮ですが、なぜ今のような容姿をされているのか教えていただけますか?」 記者たちはいたって丁寧な言葉遣いだったが、答えを待ちきれずにいた。シグウィンはその質問に対して真剣に考えを巡らせた後、遠い過去の思い出から紡がれた物語を語り始めた—— 人間とメリュジーヌがまだ互いを信頼していなかった時代、ある小さな女の子だけがシグウィンの友達になってくれた。しかし、ある日女の子が急病を患ってしまう。手遅れになる前に駆けつけることができた医療従事者はシグウィンだけ。にもかかわらず、女の子の両親はシグウィンがメリュジーヌだからという理由で彼女の診察を拒んだ。 友人を助けたい一心のシグウィンは恐ろしい魔女婆さんを訪ね、お願いした。シグウィンの決意を確かめた魔女は、罪から調合されたポーションを手渡す。そのポーションを使ったシグウィンは人間の顔と手足を手に入れ、そして友人を助けることができた。 シグウィンが語り終えると、記者たちは困惑しながら互いに顔を見合わせた。 「看護師長、今のお話はどこかの童話でしょうか?」 「ううん、本当のことよ」 シグウィンの目を見た記者たちは再び戸惑った。彼らは皆一流で、インタビューを受けている者のあらゆる嘘を見抜く自信があった。ただ、シグウィンの眼差しに嘘の色など微塵もない。 そうして記者たちは落胆した様子で引き上げていった。大衆の好奇心がこの物語を受け入れることはないと思ったからか、シグウィンのその答えは新聞に載らなかった。 それ以来、シグウィンの周りの人々は、彼女にとって容姿は触れられたくない秘密なのだと思うようになり、このことについてもう聞かないようにしようと密かに約束を交わした。しかし、シグウィンだけが知っている——彼女は故意に何かを隠したわけではないのだ。ただ、その時の彼女はまだ事の真相をすべて知らなかっただけなのである。
メロピデ要塞に入ってから、シグウィンはヌヴィレットと文通をしていた。 彼女はヌヴィレットからの手紙に対して一通一通、真剣に返事を書く。時々、パレ·メルモニアにずっといて退屈しないのかと心配し、メロピデ要塞での面白い出来事を書き添えるようにした。 「親愛なるヌヴィレットさんへ、こちらはすべて順調よ。この間お願いした医療用物資もすべて届いたし、手配してくれてありがとうね!」 「最近、また面白いことがあったのよ。新しい男の子が来たんだけど、入って早々ずっと威張ってた顔役を負かしたの!でも、その子もそれで怪我をしちゃったけど。その子はね、まだ若いんだけど、ウチが知ってるどの大人よりも強いの。医務室に傷を縫いに来たときなんか、意識をしっかり保っていたいから、麻酔は不要だって言うのよ…」 今回、ヌヴィレットの返信はいつもよりかなり早く届いた。彼は少年のことを知っており、シグウィンに気にかけるよう頼んだのである。手紙の口調はいつも通り硬いものだったが、それでもシグウィンはヌヴィレットが少年に向ける関心を感じ取った。 そうして、文通ではその少年の話題が定番となった。 「親愛なるヌヴィレットさんへ、今日彼がまたケンカをして怪我をしちゃったのよ。あいかわらず麻酔は不要だって言うけど、こっそり彼の紅茶に麻酔薬を入れたの。ぐっすり寝るのを待ってから傷口を縫ってあげるつもり。彼は毎回我慢して声を出さないけど、本当はとても痛いって分かってるからね」 「親愛なるヌヴィレットさんへ、彼は今日もウチ特製のミルクセーキを飲んでくれなかった。身体にすっごくいいのに…」 「親愛なるヌヴィレットさんへ、彼の身長がとても伸びたのよ。もしかしたらもうヌヴィレットさんよりも背が高くなってるかも…」 「親愛なるヌヴィレットさんへ、この前報告した薬品紛失の件だけど、彼のおかげでもう見つかったのよ。今じゃメロピデ要塞のことで彼が知らないことはないかもね…」 「親愛なるヌヴィレットさんへ、この間お知らせもあったし、ウチもこれからは彼のことを『公爵』って呼んだほうがいいかしら?」 …… それから何年も経ち、リオセスリという名の少年がメロピデ要塞の新しい管理者となった。彼はある偶然からシグウィンとヌヴィレットがずっと文通をしていたことに気づいた。 「どうやら、最高審判官さんは俺の近くにスパイを置いていたようだな」 「どうしてそんなふうに言うの?ウチはヌヴィレットさんが公爵のことを心配してたから、手紙に書いてあげてたのよ」 リオセスリはそんなシグウィンの言い分を認めなかったが、反対もせず、代わりに入獄前のことを話し始めた。以前、彼が非常に腹を空かせていたとき、どうにか金を稼ぐすべを見つけようと道端に捨てられた新聞を物色していた。その時の彼を助けてくれたのは「彼のことが心配なヌヴィレットさん」ではなく、親切なメリュジーヌの警察隊員だった。その警察隊員がくれた食べ物があったからこそ、彼は困難な時期を凌ぐことができたのだ。 「あの最高審判官さんが誰かに関心を示すことはない…いや、正確にはできないんだ。これは彼が最高審判官として受けなければならない制約の一つだ。誰かを心配することに関しては、彼の部下のほうがずっと多くの自由を持っているだろう」 「だがまあ、これからも手紙を続けてくれ。どんな話をしても構わない。これが俺の受けなければならない制約ってわけだ」 リオセスリがその場から離れても、シグウィンは何も言えずにいた。何でも知っているリオセスリでも間違えることがあるのだと驚いたからだ——昔、メリュジーヌが陸地にやってきたばかりの頃、好意を示そうと何かと人間に贈り物をする子が大勢いた。しかし、そこにつけ込む悪人がいたことで、多くのメリュジーヌが危険な目に合ってしまった。そのことに対処すべく、ヌヴィレットはすべてのメリュジーヌに自ら人間に物を贈る行為を禁ずると通達したのだ——つまり、ヌヴィレットの特別な指示がないかぎり、そのメリュジーヌの警察隊員が自らリオセスリに食べ物を贈るなどありえない話。 よく考えた末、シグウィンは新しい手紙を書き始めた。 「親愛なるヌヴィレットさんへ、ウチはついに彼も知らない秘密を見つけたのよ…」
「フォンテーヌ人はもともと純水精霊であり、その身体は原始胎海の水に溶ける」 かの大洪水はフォンテーヌ人が背負うすべての罪を洗い流すと同時に、この驚くべき事実を明らかにした。そして、シグウィンがその一件から解明した真実は、フォンテーヌの住民の多くを上回っている。洪水の中で負傷した囚人たちに応急手当を施したあと、彼女はひと足先にメロピデ要塞に戻り、封のされたガラスビンの中で数百年間眠っていた一通の手紙を取り出した。 「お主はしっかり約束を守って、あの時わしが不可解に思っておったことをすべて理解してから、この手紙を読んでおるか?」 「まあよい、そう心配することもなかろう。お主はいつだってわしの言うことを聞き、無条件にわしを信頼してくれたからな。じゃからこそ、わしはお主に一つ謝らんとならん。わしは最後にお主に一つ嘘をついたのじゃ」 「あの奇病は人体を溶解させるものだった。体の組織がすべて消えてしまい、限りなく純水に近い液体だけが残るんじゃ。わしは自分を実験台にして自らを死の淵へ追いやっても、その得体の知れない液体から奇病を治す方法は見つけられんかった。ただ一つ、役に立たぬ発見もあった——その液体をある特定の素材と合わせると、フォンテーヌ人にしか効かぬ変貌薬が出来るんじゃ。その薬を使えば、フォンテーヌ人はどんな姿にも変身することができる」 「お主がメリュジーヌであるが故に友を救うことができないと知るまで、何の意味も持たぬ発見だと思っていたのじゃが、お主の話を聞いて、メリュジーヌの体質ならある程度この薬の恩恵を受けることができるやもしれぬと思った。わしの悪あがきも最後には少し役に立つと思ったんじゃよ」 「じゃから、お主に嘘をついた。テーブルに残した薬は不思議な魔法の薬などではなく、わしが溶けた後に、お主に残せる唯一の土産だったというわけじゃ」 「それもまた一種の薬だと思っておくれ。教えたじゃろ?子供たちに薬を飲ませるために、少しばかりの細工を要するときもあると」 その手紙を読み終えると、シグウィンは補われた真相を胸に、先生を弔うための場所にやってきた。 ここは何の変哲もない水辺、墓碑のようなものも見当たらない。当時、先生の遺体は見つからなかった。そのため、失踪と判断した後、服や遺品だけを埋葬するしかなかった。あれから数百年…海水は上昇し続け、形ばかりのお墓もとっくに呑まれてしまった。 シグウィンは先生の嘘を責めなかった。今でも、頬に手を当てればその「嘘」の温かみを感じることができるからだ。 「ありがとう、先生」 シグウィンは手紙を水面にそっと置き、遠くへ流れていくのを眺めた。
フォンテーヌ科学院がまだ空に浮かんでいなかった時代の話——研究員たちは通常の研究業務とは別に、プロジェクトへの資金提供の見返りとして、時々フォンテーヌ廷からの研究開発依頼を受けていた。 依頼のほとんどは地味でつまらないものだが、資金提供者のご機嫌を取るために必要な作業と考えれば何とか耐えられた。しかし、とんでもなく馬鹿げた依頼も稀に届く。そういう困った依頼であった場合、研究員たちは資金を断たれるリスクを負ってでも断ることを選ぶ。 そんなある日、告知板の一番目立つところに何ともおかしな依頼が張り出された。 「緊急依頼:特殊医療設備開発」 「要件:1.小さくて軽量、携帯しやすい。子供の身体でも簡単に持ち運べること。2.救急時に必要とするすべての医療器具を収納できること(既存の医療器具で要件を満たせない場合、追加で器具の開発も必要)。3.通常の健診機能を搭載すること。4.デザインは可愛らしくすること」 告知板の前に集まった研究員たちは眉間にシワを寄せ、ぷるぷると怒りを抑えながら要件を読み終えると、ついには我慢できなくなり声を荒げる。 「なんだこの要件は!厳しい上に矛盾だらけじゃないか!」 「デザインは可愛らしくって…私たちはおもちゃ屋さんじゃないんですよ!」 しかし、依頼を貼った人は動じなかった。 「依頼人はメロピデ要塞にいるメリュジーヌの看護師長だ」 そう聞くと、先ほどまで憤慨していた研究員たちは一斉に黙り込んだ。そして、誰かがこの長い沈黙を破って声を上げる。 「当番のやつが自動的に担当になるのはなしだ。担当は投票で決めるぞ!さっき文句を言ったやつは失格な!」 それから僅か一ヶ月で、シグウィンの手元に要求通りの品が届いた——彼女はそのハート型の医療設備をいつも腰にぶら下げ、それはいつしか彼女のトレードマークとなった。 ただ、彼女はその長くて読みにくい名前——「メリュジーヌ専用携帯型統合医療設備」が今もお気に召さないようだ。
シグウィンの医術は非常に優れたものである。メロピデ要塞に入った後、彼女に治せない病気はほとんどなかった。彼女の治療を受けた患者が増えるにつれ、要塞の人々はますますシグウィンを敬愛し、治療に関する言いつけをきちんと守るようになっていった。 しかし、中には例外もいた。 彼のあだ名は「ストーンじい」、本名は誰も知らない。分かっているのは、ずっと昔に投獄され、あまりに長い刑期のせいで水の下で晩年を迎えることになったということだけだ。身体の状態は日に日に悪くなっていくのに、彼はシグウィンの診療を拒み続けた。 「ほっとけ!わしはもう治らん」 シグウィンが検診の話を持ちかけるたびに、ストーンじいはそう言って断るのであった。シグウィンは仕方なく、管理職との繋がりを利用して看守を何人か借りると、力ずくで彼を医務室に連れて行った。ようやく実施できた検診だが、その結果は絶望的だった——ストーンじいはシグウィンの医術を総動員しても治せない、いわば不治の病を長く患っていたのだ。 「ほら見ろ、わしの言った通りじゃろ!」 シグウィンの目に浮かぶ絶望を見ると、ストーンじいは勝ち誇ったように大きな声で笑った。しかし、その笑い声はすぐに激しい咳となる。ストーンじいは大量の血を吐いて気を失ってしまった。 それからストーンじいは寝たきりとなった。シグウィンはこの慣れ親しんだ医務室で、初めて窮屈さを感じた。彼女は自分に何ができるのか分からなかった。ストーンじいに残された時間は多くて数日。ただ目の前で、彼が最後の日々を過ごしていくのを見ていることしかできないのだろうか? そうしているうちに、シグウィンはストーンじいがよくカレンダーのある日付を見つめていることに気づいた。その昏い目の中には、まだ簡単には捨てられない何かが残っているようだ。 「医学がどんなに進歩したとて、治せん病気はあるんじゃ」 「じゃあ、医学はなんのためにあるの?」 シグウィンはかつて先生に投げかけた質問を思い出し、その答えに加えられる注釈を見つけた。彼女はストーンじいの前に立ち、こう提案した。 「先生から教わったことなんだけど、すべての病気を治すことが医者の責務じゃなくて、自分に治せる病気を治療するのが医者の仕事なの。だから、ウチに治療をさせて!」 「まだ治せる病気があるというのか?」 「ええ。『あの日まで持たない病気』がそうなのよ」 ストーンじいは驚き、シグウィンを見る。そして、彼女の目にある決意に心を動かされ、治療の提案を受け入れた。 それから十数日、ストーンじいは嫌がる気持ちを抑えながら、シグウィンの言いつけ通りに彼女が調合した薬を飲んだ。彼の病状が回復することはないし、吐血もひどくなる一方だったが、奇跡的に当初想定していた死期を乗り越え、カレンダーのとある日付まで生き延びた。 その日、二人の親子が医務室に駆けつけた。息子のほうは璃月で商売をしており、その日が最短で駆けつけられる日だった。息子はストーンじいを見るなり、父親失格だと咎めた——そしてストーンじいの心からの謝罪を聞いて、ベッドに顔を伏せて大泣きした。ストーンじいの最期を看取るとき、息子は微笑みながら彼を送った。 …… ストーンじいの葬儀の後、シグウィンは親子からお礼の品を受け取った。それを患者におすそ分けしていると、箱の中に何かキラキラとしたものを見つけた。 それは真新しい神の目だった。まるで神が彼女のやってきたことを認め、特別にお礼を贈ったかのようであった。 しかし、これといった喜びを示さないシグウィン。その神の目もまた、あの答えの数ある注釈の一つだと彼女は思った。 もし先生がまだここにいたら、お預けになっていたあの答えをこう返してあげたかった。 「人間の笑顔!そして涙のために!」
そのほかのゲーム内テキスト
40(そういや、さっきの女の子はどこ行ったんだろうな?メロピデ要塞にあんなちっちゃな子がいるなんて、おかしいよな…)
メロピデ要塞の公爵。漆黒の海底に潜む領主。
フン…スメールでキリヤに命を狙われると分かってたら、ずっとメロピデ要塞にいたさ…ルシアンだって死なずに済んだ…
「あの子の知る世界はまだ広くありません。メロピデ要塞を離れたら、全世界の日差しをあの子にあげたい!」
メリュジーヌ一族はヌヴィレットさんの眷属だけど、だからといって法律や公平を無視して贔屓してもらえるってことではないの。あの時のウチもヌヴィレットさんの審判をちゃんと受けて、判決を素直に認めた。メロピデ要塞に向かう日、土砂降りだったのを今でもはっきりと覚えてるのよ。でもウチは、ちっともあの雨を冷たいとは思わなかった。あれはすごく暖かくて、まるでヌヴィレットさんの眼差しのような雨だったから…
もうじき、メロピデ要塞から離れられる…ん?
ここに来た当初はウキウキしててね。メロピデ要塞を面白い遊び場だって思ったんじゃないかしら。
すべての手続きを済ませ、メロピデ要塞を訪れる。
気にするな。練習時間はたっぷりある。まあ、メロピデ要塞にいる俺のほうが…練習に費やせる時間は多いだろうがな。
ここは…メロピデ要塞の生産エリアに向かうためのリフトです。
メロピデ要塞での調査中に見つけた、数多くの手がかりを記録したもの。
ここはメロピデ要塞の特別許可食堂です。毎日ここで無料のサービス食を一食いただけるんです。
でもまあ、やめておくか。メロピデ要塞で霄灯を飛ばしたところで、空には届かないし、願いも叶わないだろうからな。掃除の手間が増えるだけだ。
メロピデ要塞では最近、「良い行いをした囚人は特別許可券を使って映影を毎週三回観れる」って規定ができてね。
あなたは深い眠りについた…「公子」の神の目は暗闇の中で光を放つ。夢の中で、「公子」の視点から、彼のメロピデ要塞での生活の断片を見た… 「誰かが…俺を呼んでいる…」
今日は特別に私がメロピデ要塞を案内してあげましょう。ああ、もちろん「タダ」なのでご心配なく。
「メロピデ要塞」で見られる、クロックワーク·マシナリーとプネウムシア設備をモデルに製作した展示模型。オリジナルと完全に同じ外観をしているだけで基本機能は備わっていない。理論上、クロックワーク·マシナリーを設定に従って特定エリア内を巡回させることができるが…
先生は当時「従犯」と見なされ、数年もせずにメロピデ要塞を出てこられました。フォンテーヌに留まれば過去の事に煩わされる…先生はそれが嫌で、スメールに単身移住したと聞いています。
メロピデ要塞で服役生活を送る間、次の目標を完了してストーリーを進めよう
軽くて丈夫、色々な雑貨を置くことができる小型の収納台で、メロピデ要塞で見られる。持ち手の部分はかなりの重量に耐えられるほど頑丈なため、ごく一部の人はその部分でウェイトトレーニングをし、筋力を鍛えている。
「親愛なるアーンショウ様、ご無沙汰して申し訳ございません。一身上の都合により『メロピデ要塞』に引っ越し生活を始めてからかなりが経ちました。」
泳ぐのは好き?メロピデ要塞の外の水域は暗くてごちゃごちゃしてるから、キミも気に入ったんじゃない?あれ、眉間の筋肉が収縮してる…ってことは困ってるのかしら…そうだ、じゃあサラシア海原でダイビングしましょう!ノンビリラッコのお遊戯を久しく見てないし、あれは一日中眺めてても飽きないのよ。あっ、でもあの子たちを傷つけたり、貝殻を奪ったりしないように注意してね。
あっ、言い忘れてたけど、シグウィンみたいなメリュジーヌもいるよ!彼女はメロピデ要塞で病気や怪我をした人たちの世話をしてるんだ。
メロピデ要塞でのみ流通する通貨。「自由」と「命」以外、何でも買えるそうだ。
…神フリーナから直々に任命を受けた「カーネル・デセール」であり、尊敬のまなざしを一身に集める伝説の料理人であったエスコフィエは、悪質な事故に巻き込まれ、一転して「メロピデ要塞の罪人」に堕ちることとなった… 普通ならば、あまりの落差にショックで立ち直れなくなるところだろう… しかし、エスコフィエがピンチに怯むことはなかった。むしろ、試練が危険であればあるほど、かえって冷静になれた。メロピデ要塞での短い生活はエスコ…
メロピデ要塞の受付の前で、リオセスリはポケットに手を突っ込む——自分の名前と刑期が書かれた紙を職員に見せる必要があったからだ。 すると、紙と一緒に手のひらサイズのガラス玉がポケットから出てきた。 …いや、ガラス玉などではない。リオセスリはまばたきをした…
メロピデ要塞に来たばかりの頃、内心は困惑でいっぱいで、毎日ぼんやりと生きてた。未来に関することなんて、とても考えられやしなかった。
「このカードゲーム、なかなか興味深いな。メロピデ要塞の囚人たちに愛されているのもわかる。」 【ヒント】リオセスリのデッキはキャラカード「リオセスリ」を中心に構成されている。「氷元素ダメージ」を強化するだけでなく、アクションカードを使ってキャラに治療と保護効果を提供する。
メロピデ要塞で使われている貨物棚。丈夫で軽量な金属と「マロウ材」を組み合わせた混構造。メロピデ要塞で過去に使われていた標準タイプの貨物棚には設計上の欠陥があり、長期間使用すると崩落のリスクがあるという。このため改造タイプの貨物棚には安全のため補強支柱を…
…にでも打ち込めた。使用回数が限られている点が玉に瑕で、戦いの後の装置はまるで彼自身のように瀕死状態に陥った。しかも彼とは違い、回復する見込みはなかった。 以前、メロピデ要塞で地下闘技をやっていた時は、決まった試合場所もルールもなかった。彼は勝つため、特別許可券を稼ぐために、ナックルの機能を常に新しくする必要があった。なぜなら、同じような小細工を二度も使えば、相手に利用されてしっぺ返しを食らう可能性があるからだ…
重厚感のあるオフィス。メロピデ要塞「公爵」の執務室を比較的忠実に再現している。 「公爵」はメロピデ要塞を引き継いだ後、執務室の家具をいくつか入れ替えただけで、それほどレイアウトに手を加えていないと言われている。つまり囚人が厳守すべき規則の多くが、こうした部屋で制定されたということだ。
メロピデ要塞には立ち入り禁止の区域があり、そこには原始胎海への入口が封じられている。最近、原始胎海の海水が危うくゲートを破りそうになった。だが、ヌヴィレットの力により一時的に食い止められた。
最終裁定結果:最高審判官および「諭示裁定カーディナル」は、この二人を「窃盗」などの複数罪名により、「メロピデ要塞」に移送し服役する判決を出した。
看護師長、隊員と犯罪者どもの確認が取れました。みな無事のようです。脱走者はメロピデ要塞に連行いたします。
#パイモン:フォンテーヌには、メロピデ要塞っていう場所があるって聞いたぞ。メロピデっていうやつを記念して建てられたものなのかな? :事実はどうか知らないけど、その可能性は高いね。 パイモン:はぁ~、羨ましい。オイラも自分の名前がついた要塞があったらなぁ。なあ、今度時間があったら、塵…
うわあっ!こいつ、メロピデ要塞の警備ロボをみんな連れてきたんじゃないのか!
シグウィンさんは優秀な看護師だ。体の傷だけでなく、心の傷を癒すことにも長けている。彼女の美徳と善良な心に触れれば、悪意に満ちた心を持つメロピデ要塞の囚人たちも、きっと善意を学ぶだろう。 その僅かな善意は、彼らが心を改めるきっかけになるかもしれない。
でも、仕事がまだ終わってないんだ…もちろん、オレがいなくても、メロピデ要塞はやっていけるだろう。でも、どうしても心配で…
あなたは…ああ、メロピデ要塞の看護師長ですよね?科学領域の中でも、医学は最も崇高な分野だと私は思っています。あなたには敬意を表しますよ。ええ、お力になれるなら喜んで。
サーチライトの警戒領域に長く留まりすぎたせいでメロピデ要塞の看守に不審人物扱いされ、室内に連行された…