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怪盗レッド・ミラーの伝説
この本、全部そのまま載せてあるぞ。写し間違いなんて無いからな!
巻
怪盗レッド・ミラーの伝説 (I)
ナド・クライで流行している娯楽書籍。いずれも同じシリーズのものではなく、様々な作者によって書かれた、レッド・ミラーにまつわる安価な小説。物語の真実味は、その紙の品質とほぼ同じ。
10モラ・奇譚ミステリー全集!怪盗レッド・ミラーとサンポ・ミル(季刊特装合本版) (ナシャタウンで出回っている安物の娯楽小説。一冊わずか10モラで買える。本来は怪盗レッド・ミラーが総督邸から霜月の至宝である「サンポ・ミル」を盗み出す過程が描かれるはずだった。ところが実際は、読者を惹きつけるためなのか、彼を巡って様々な美女たちが火花を散らすシーンで埋め尽くされている。) …… 第四章 鷹よりも危険な美女!「セキレイ」登場!月明りの中、怪盗レッド・ミラーに近づくその目的とは…! 「まあ、可愛いお嬢さんたちを放って、こんな所まで一人で夜景を楽しみに来るなんて——あなたって本当に冷たい男ねぇ、ダーリン」 その声は璃月の極上の絹のように柔らかで滑らかだが、わずかながらスメールのバラの棘にも似た猛毒が潜んでいる。しかし、レッド・ミラーは振り返らない。あまりにも聞き慣れた声だからだ。 次の瞬間、猫のようにしなやかな身のこなしで、一人の女が彼の傍らに舞い降りた。年の頃は二十代といったところだろうか。淡いバイオレットの長い髪が、わざとらしく露わにしている白い肩と首筋にさらりと流れ落ちる。月光を凝らしたかのような銀色のイブニングドレスが、彼女のしなやかな肢体を際立たせる。だが、何よりも目を奪うのは、小悪魔を思わせる茶色がかった赤の瞳だ。 これが「セキレイ」——あるいは、レッド・ミラーのように、彼女に近づくことを許された数少ない者たちが、時に「A」と呼ぶ女。ナド・クライ随一の盗みの腕を誇り、その悪名において怪盗と肩を並べる、蛇蝎のごとき美女。彼女が欲しいと思った物は、どんなに貴重なお宝でも、必ずその手に落ちる。だが飽きるのも早く、気まぐれに街の貧民にくれてやり、時には海へと投げ捨てる。社交界では数多の男が競って彼女に尽くすが、当の本人は男たちの心を弄ぶばかりで、応えたことは一度もない。 そんな悪女が唯一手に入れられなかったもの——それが、怪盗レッド・ミラーの心だった。だからこそ彼女は、この端正で謎めいた男に執着し、あらゆる手を使って、その心を自分だけのものにしようとしている。 「高級な香水と、安っぽい野心の匂いがするな、セキレイ」 彼女は笑い、怪盗の隣に当然のように腰を下ろす。二人の距離は、触れそうで触れないほど近いものだった。 「どうしたの?他の男が贈ってくれた香水に嫉妬でもしたのかしら?」絹の手袋に包まれた細い指が、彼の右腕をゆっくりと撫で下ろす。「でも私の鼻に届くのは、過剰な自信の匂い。レッド、あなたの狙いはサンポ・ミル——あまりにも分かりやす過ぎるわ。違うかしら、ダーリン?」 「その通りだ。『霜月の子』から奪われた『サンポ・ミル』、それから他の不義の財も、総督閣下にはまとめて返してもらう」レッド・ミラーがまっすぐ視線を合わせた瞬間、彼女の心臓が一瞬だけ高鳴る。白い頬に朱が差すが、それを隠すように軽薄で挑発的な笑みを浮かべる。「ここは今宵、俺の舞台だ。悪いが、お前には他を当たってもらう」 「それは違うわ」彼女は身を寄せ、唇が触れそうな距離でささやく。「この舞台は十分大きいもの、二人くらい余裕で立てる。でも、スポットライトを浴びるのは一人だけ。サンポ・ミルは私が先にいただくわ、ダーリン…その後は、そうね、あなたが私を楽しませてくれたら、遠くから眺めさせてあげてもいいわ」 キンッ! 言葉が終わるや否や、彼女は稲妻のような速さで細身の短剣を抜いた。しかし、怪盗はとうに慣れきっている。彼女が好むのは、こうした意味のない、危うげで唐突な、必ず彼に防がれる攻撃だ。彼もまた腕を軽く上げ、籠手で刃を弾く。鋼と鋼が一瞬、鋭くぶつかり合った。 「相変わらず好き勝手してくれるな。いずれ痛い目を見るぞ、セキレイ」 「ふふ、好き勝手できるのは美女の特権よ。気に入らないなら、あなたの手でお仕置きでもしてみたら?ダーリン」 月下を渡るそよ風のように、彼女は二歩引き、軽やかな投げキッスを残して塔の下の闇へと消えた。ただ、香水の匂いだけが冷えた夜の空気に漂っていた。 (間の章は破り取られている。おそらく別の用途に使われたのだろう…) 第十七章 総督がサンポ・ミルを盗まれたことに激昂しているその時、突然、スネージナヤから来たという刑事たちが雪崩れ込み、彼を縄で縛り上げた!まさか…! 「ハハッ、総督閣下。どうやら怒りで冷静さを失っているようだ。あの怪盗レッド・ミラーがどんな男か忘れたのか?あの『憎たらしい』泥棒は、もともと変装の達人だ。男女老若、どんなやつだろうと本物そっくりに演じてしまう——そうだろ?」 「お、お前——そんな馬鹿な!もしお前がレオンノフ警部のなりすましだというなら、特務隊がとっくに…」 「レオンノフ警部」と呼ばれた男は高らかに笑い、縛られた総督を嘲笑うかのように、彼の周りを二周、ゆっくりと回る。 「特務隊?それはお前を縛り、宮殿の出入りを封じている連中のことか?あれは俺の部下だ。特務隊のふりをさせたら、お前の部下は疑いもしなかった。知らないのか?スネージナヤの兵士は、上官——たとえそれが『上官になりすました者』でも、その命令には無条件に従うものだ。今ごろ『霜月の子』の秘宝は無事に聖女の手に戻っている。陛下のご意思に背き、霜月の子に宣戦布告をする覚悟でもない限り、お前がサンポ・ミルを取り戻すことは不可能だ」 「貴様…呪われろ、この泥棒め!サンポ・ミルだけならまだしも、なぜ私のコレクションまで根こそぎ奪った!」 「それがどうした?お前が『自分の物』と言うその財産だが——もとはといえば、この地の貧しい人々から奪ったものだろう?」男の態度は終始エレガントなまま、総督の怒声など意にも介していなかった。「俺たちは俺たちのやり方で自由を守る。なぜなら、俺たちのために戦ってくれる者などいないからだ。一般人から略奪する賊も、高みから見下ろす総督も——俺たちにとっては同じだ。まあ、安心してくれ。財宝はお前の代わりに全部、元の持ち主に返してやった」 その時、部屋の反対側で、警部に扮した「セキレイ」が総督には聞こえない声で呟いた。 「まったく、どうしようもない男…何ひとつ自分の物にはしない、なんて言いながら、結局、霜月の一番大事な宝物をこっそり懐にしまってるじゃないの…」 その言葉に「カゲイタチ」は眉をピクリとさせ、思わず部屋の中央で縛られている養父から意識を逸らしてしまう。 「レッド・ミラーは確かにサンポ・ミルを聖女に渡したはずですわ…まさか、私たちが目を離した隙に、偽物とすり替えた…?」 「ふふ、まだ分からないの?だから若い娘は、この男に騙されるのよ…」彼女はわざとらしくため息をつき、くすりと笑った。「彼が盗んだのは——サンポ・ミルじゃない。霜月の娘の秘められた恋心よ」 ゲーム内テキスト(2841文字)
怪盗レッド・ミラーの伝説 (II)
ナド・クライで流行している娯楽書籍。いずれも同じシリーズのものではなく、様々な作者によって書かれた、レッド・ミラーにまつわる安価な小説。物語の真実味は、その紙の品質とほぼ同じ。
恋など信じない令嬢が一目惚れした相手とは? (ナド・クライで人気の娯楽小説。怪盗レッド・ミラーと、総督の娘レオニータ・プロホロヴナ・トルベツカヤ嬢が初めて出会った時の恋物語。本作はすべてフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません) レオニータ・プロホロヴナ・トルベツカヤ嬢こと、ナド・クライ総督の愛娘は、侍女を連れて食堂へ向かっていた。胸の中では焦燥が渦巻いていたが、その足取りはあくまで優雅である。令嬢たる者、振る舞いに乱れがあってはならないからだ。 今朝の新聞を、彼女は誰よりも気にしていた。推測が正しければ、今日は怪盗レッド・ミラーの予告状が掲載される日。なぜそう言えるのか——神出鬼没の渡り烏の行動パターンを、ほんの少しとはいえ掴みかけているからである。父の部下が怪盗の影も形も捉えられずにいることを思うと、自然と言葉が漏れる。「ふん、必ず捕まえてみせますわ!」 父の新聞を読む時間が、今日に限って妙に長い。レオニータはトーストを呑み込み、さりげなく尋ねた。 「お父さま、何かニュースでも?」 「ふむ…お前が心を煩わせる必要はない」トルベツコイ公は新聞を置き、娘に微笑むと、側の赤髪の従者に命じた。「宝飾師を通せ」 すぐに、宝石箱を抱えた人物が恭しく入ってくる。公はちらりとそちらに目をやり、娘に箱を差し出すよう促した。その瞬間、レオニータの顔に一瞬驚きが走る。「どうだ、私が誕生日を忘れたと思ったか?三日後の舞踏会、お前はスネージナヤ——いや、テイワット全土で最も輝く娘になる。さあ、それをつけてみてごらん」 令嬢は素直に箱から首飾りを取り出し、首にかけた。父の選ぶ品は間違いない。デザインもカットもフォンテーヌ製、中央の宝石はナタ産の最高級品すら凌ぐ輝きだ。「少し早いが、父として誰よりも先に言わせてもらおう——愛しい娘よ、誕生日おめでとう」そう告げた公は、首飾りを一瞥した後に真顔になった。 「舞踏会では必ずそれを着けるんだ。重要な客人がいらっしゃるから、その方に会ってもらいたい」 その口調から彼女も察しがついた。この誕生日を機に、貴族令嬢としての婚約が待っているのだと。総督家の娘の縁談に本人の意思が介在する余地などない。相手はスネージナヤの有力者の子息と決まっている。だから、レオニータは恋など信じていなかった。信じても、何の意味もないからだ。父が彼女を溺愛する理由は、その聡明さと美貌ゆえ。だがそれ以上に、養女でありながら従順で慎み深く、理想の「娘」の姿を完璧に体現しているからであった。 ただ、それも数多ある理由のうちの一つにすぎない。 「分かりました、お父さま」と彼女は答える。公は満足げに頭を撫でると、父の笑みを消し、恐れられる総督の顔に戻って執務へと向かった。 父の背中を見送った後、レオニータの胸の奥には、小さな穴がぽっかりと開いたような感覚が広がる。だがすぐ息を整え、気持ちを切り替えると、テーブルの朝刊に手を伸ばした——予想通り、一面には黒い羽根を添えた予告状があった。 総督閣下へ 三日後の月なき夜、貴殿の至宝は我が手に渡る。 寛大なるご厚意に感謝を込めて—— レッド・ミラー ==================== 「どうですか?見分けられそうですか?」 フォンテーヌから来た宝飾師は、更衣室から出てきた二人の赤髪の従者を見て目を丸くした。もちろん、総督邸に仕える本物の従者は一人だけだ。 「左…う、待った…右?違う、ええと…左、いや右だ!うん…右!」 「まさか勘ですか…?」右側の従者が不満げに呟く。 「自信はあるんですか?もし間違えたら、今夜は酷い目に遭いますよ?」と、左側の従者が煽る。 「右だ!」宝飾師はそう言い切るも、額には汗が滲んでいた。 すると右側の従者が「ぷっ」と吹き出し、隣の従者の背中を押して一歩進ませた。「残念、正解はこっち。こいつがお前の想い人だ」 「まったく、本当に分からないなんて!」 「え、いや…右が偽物って言おうとしたんだ!」 「…ふーん」 「ははは、まあまあ。俺たちの目的は『見分けがつかない』ことだろ?思い人でさえ区別するのが難しいなら、今夜の潜入は楽勝だ」と、従者に扮したレッド・ミラーが笑ってその場を収めた。 「一人で本当に大丈夫ですか?もし何かあっても、援護できる人が誰もいないのですよ…」と、本物の従者が心配そうに言う。 「これ以上、仲間を失いたくないんだ」レッド・ミラーは笑みを引っ込めた。「それに、一番危険な仕事——総督邸に潜り込むという仕事はもうお前がやってくれた。あとは安心してフォンテーヌへ戻れ。あそこにも、宝盗団の助けを必要としている人たちがいる」 従者と宝飾師は顔を見合わせてから、一斉にレッド・ミラーに向かって真剣に誓う。「我らはこの世のすべての悲しみを、必ず盗み去ってみせる!」 二人の背を見送ったレッド・ミラーは、夕陽に染まる総督邸へと歩を進めた。トルベツコイ公が宝盗団の弾圧で常に優位に立てるのは、その底知れぬ財力ゆえだ。世界一の怪盗でさえ、そのほとんど無限に等しい財力の前では手をこまねくしかない。財は精鋭を呼び寄せ、最上の武具を揃え、熟練の策士を雇う。そればかりか、法をも黙らせ、あらゆる反抗の芽を黄金の砂に埋めることすらできる。 誰も、その財の限界を知らない。そして何より皮肉なのは——その財がどこから来たのか、本気で問える者が一人もいないことだ。レッド・ミラーはふっと笑う。今や自分は、その答えを知っている——「サンポ・ミル」、持ち主に無尽の富をもたらすという奇物は、総督邸の中にある。その真実に辿り着けたのも、赤髪の従者の調査と宝飾師の鑑識眼、そして間もなく誕生日を迎える令嬢のおかげだ。 ==================== レッド・ミラーの予告状を掲載した新聞は瞬く間に完売した。それから数日間、ナド・クライ全土がトルベツコイ公の娘、レオニータの誕生日パーティーへの期待に包まれる——もちろん、その期待の多くはレオニータ本人に向けられたものではなく、やがて訪れる「怪盗と総督の直接対決」に対してであった。 こうして、総督邸はやむを得ず厳戒態勢を敷き、来賓ひとりひとりの素性を何度も洗うことになった。なにせあの怪盗は、変装の名人なのだ。スネージナヤから招かれた高貴な客人の中には、前日から宮殿内の客間に滞在する者も多い。レオニータは、来客の名前と爵位が並んだ長いリストに目を通す——男爵、伯爵家の嫡子、宮廷の新星、女皇陛下に重用される家系…彼女の首にかけられたネックレスが、なぜか急に鎖のように重く感じられた。 休憩を挟もうと、彼女は庭へ出ることにした。 「お母さん、あの人が総督のお嬢様なの?」 「そうよ」 「でも…どうして人間なの?だって、総督閣下は人間じゃないよね?」 「彼女は総督の養女なの」 「ヘンなの。偉いトルベツコイ公が、どうして人間を養女にしたの…?」 見知らぬ淑女が、少し離れた廊下で子供とひそひそ話をしている。レオニータがこちらを見つめているのに気づき、子供を連れて去っていった。 本当にそうだ。偉いトルベツコイ公が、どうして人間を養女にしたんだろう? 「本当にそうだ!偉いトルベツコイ公が、どうして人間を養女にしたんだろう?」 自分の心の中を、そのままなぞったかのような声が聞こえた。レオニータは思わず辺りを見回す。しかし、庭には彼女しかいない。今のは幻聴だろうか?小さく息を吐き、総督邸の奥にある密室へと向かう。また治療の時間だ…それは毎回、彼女の体力を容赦なく奪い去る。でも幼い頃から、決して弱音を吐かなかった——父を辱めることだけは、絶対にあってはならないから。 なぜか、レオニータの心の中に先ほどの声が蘇った。 それは不思議なほどに温かい声だった。冬の焚き火のように鮮烈で、白雪を溶かすぬくもりを持っていた。 ==================== 夜が更け、舞踏会の招待客が次々と到着した。レオニータの胸も、高鳴りを抑えきれずにいる——ひっきりなしにダンスの誘いに来る人たちの名を、一人として覚えられそうにない。 「10、9、8…」——0時が近づくにつれ、周囲の視線が彼女に集まっていく。先ほどから父の隣に立つ「宮廷の新星」とやらが、まるで彼女の首飾りを射抜くように見つめているのが分かる。「6、5、4…」レオニータは自分でも何を待ち望んでいるかが分からなかった——誕生日?それとも別の何か? 「…3、2——」 その瞬間、会場にいる人々の輪郭が、銀白の泡に包まれたかのように霞み始める。それは徐々に濃くなっていった。レオニータの身体からも時折、こうした白い輝きが溢れ出る。父はそれを一種の病気であり、継続的な治療をしなければ治らない、人間ゆえの欠陥だと言っていた。 「…1!」首にかけていた宝石が、カランと音を立てて床に落ちた。 一瞬にして世界は銀白に染まり、雪深い夜のような静寂に包まれた。心臓は光に呼応するように脈打ち、見えない糸にそっと引き寄せられる。逃げるべきだと頭では分かっているのに、足は優しく押さえ込まれたかのように動かない。これは何?魔法?運命?それとも、これまで信じたことのない、ひとたび踏み込めば燃え上がる、あの感情?時が止まったかのようになり、周理の人々がすべて掻き消える。温かな赤色が彼女へとまっすぐ駆けてきた。 「お嬢様、ここは危険です!総督閣下のご命令を受けて馳せ参じました、私についてきてください!」 「お父さまがそんな命令を…?いいえ、違いますわ。貴方は…レッド・ミラー!」 「緊急事態です。総督閣下からのご命令で——」 「高名な大泥棒と聞いておりましたけれど、いざ目にしてみれば、ただの厚かましい大嘘つきのようですわね!」 「…なるほど、これは賢いお嬢様だ」 「ふん、お父さまはハエ一匹通さない警備体制を敷いていますわ。どう足掻いても逃げられませんわよ」 「その警備の本丸は、密室にあるサンポ・ミルだろう?」 「……!」 「予告状にも書いたはずだ——今夜、貴殿の『至宝』は我が手に渡る。サンポ・ミルは確かに素晴らしいが、『至宝』には遠く及ばない」 「それって、つまり…わ、私を盗むつもり?」 「そうさ。賢くて、愛らしいお嬢様」 「ふん、私はプロホル・トルベツコイ公の娘。貴方はお父さまの最大の敵と言っても過言ではありません。そんな敵にそう易々とさらわれるつもりなんてありませんわ!」 「お前は本当に彼の娘か?高貴なる公が、なぜ人間を養女にする…?」 「……」 銀白の力、治療、サンポ・ミル、公の尽きぬ財力、そして「養女」。瞬時に、すべてが一本の線で結ばれた。そうか、自分こそが父の財力の源。「治療」と称された儀式は、サンポ・ミルに無数の宝石を複製させるためのもの。いや、本当は最初から気づいていた。ただ、ずっとその事実から目を背けていただけで… 「おっと、あやうく忘れるところだった。ギリギリのタイミングでダイヤに仕込んだ細工を起動したからな——まあ、間に合ったから良しとしよう」赤髪の従者という変装を解き、本来の姿を現したレッド・ミラーが、彼女の耳元でささやく。 「ハッピーバースデイ!」 その後の顛末は、誰もが知っている。レッド・ミラーは総督邸の秘宝を根こそぎ奪い去り、レオニータは彼の顔を見た瞬間、一目で恋に落ちた。そして、貴族としての誇りをすべて捨て、彼と共に放浪の旅に出た。レッド・ミラーの伝説など後世の作り話に過ぎないと言う者もいるが、それは恋を知らぬ者が「恋など存在しない」と言うのと同じこと。ただ、自分がその瞬間を経験したことがないだけなのだ。 ゲーム内テキスト(4822文字)
怪盗レッド・ミラーの伝説 (III)
ナド・クライで流行している娯楽書籍。いずれも同じシリーズのものではなく、様々な作者によって書かれた、レッド・ミラーにまつわる安価な小説。物語の真実味は、その紙の品質とほぼ同じ。
ジーマについて、私たちはほとんど何も知らない。彼はスネージナヤという、飽くことを知らぬ雪に一年中覆われる国の出身だ。その名は、いかなる航海日誌にも、英雄譚にも記されていない。ただ一片の雪のように、ひとつの伝説の表面に舞い落ちると、すぐに溶け、跡すらも残さなかったのである。 彼の故郷は、スネージナヤ・グラードの南東、雪山の影にひっそり佇む小さな町であった。町人は氷の採取を生業とし、雪山の伝承や物語は、氷層の奥に封じられた古代の空気のように、風雪の夜ごとに吐き出される。そこには道に迷った旅人の靴を盗むという、狡猾な霜の精の話や、「雪の娘」と呼ばれる蒼白で憂いを帯びた妖精の話があった。雪の娘の中には、人間の愛を求め、氷の風の中を彷徨う者がいるという。だが、その愛が裏切られると、恋人の体温をすべて奪い、霜に覆われた、生き写しの彫像に変えてしまうそうだ。ジーマの仲間の一人もまた、雪の娘に恋をして山で凍死した。発見されたとき、彼の顔には陶酔にも似た微笑みが残っていた。ジーマはその笑みを見て、「なんてつまらない死に方だ」と思った。彼の胸を満たしていたのは、冒険への渇望だった。誰も経験したことのない、自分だけの運命を欲していたのである。彼は単調な繰り返しを嫌った——奇怪な死に方も、それが繰り返されてきたものであれば忌避した。こうして彼は永遠の白を離れ、南へ——青い海に抱かれた群島へと向かった。そこで耳にしたのが、伝説の怪盗の物語だった。 その頃すでに、レッド・ミラーの名はナド・クライに轟いていた。彼はかつて総督に捕らえられ、スネージナヤ・グラードで公開絞首刑に処されるはずだった。だが、人々がその揺れる死体と共に物語の終わりを確信したその時、総督邸の宝物庫は空となり、壁には黄金の粉で書かれた嘲笑の一文だけが残されていた。誰ひとり、彼がいかにして死の縄を逃れたのかを知らない。この奇跡の復活は、酒場で永遠に語り継がれる逸話となり、港の若者たちの憧れとなった。そして怪盗が再び本業へと舞い戻り、三本のマストを持つ帆船を買い、港で富と刺激を求める船員を募ったとき——ジーマは迷わず手を挙げた。 しかし、船上の日々は伝説のようにはいかなかった。レッド・ミラーは「富める者から奪い、貧しき者に与える」と謳われながらも、その行動は香辛料を扱う商人のように慎重だった。彼の海図には暗礁や海流のほか、「海獣の目撃が伝わる海域」や「海蛇が出没すると言われる霧の海」が赤インクで囲まれており、彼はそれらを避けるために日数を費やして遠回りした。日々の暮らしは、甲板磨き、帆の修繕、壊血病で腫れた歯茎の痛みに耐えることで埋め尽くされた。ジーマは、故郷で感じたものと変わらぬ退屈を覚えた。夜、漆黒の海に向かってこう祈った——真の嵐を、あるいは伝説の海獣を、この目で見たいと。英雄譚のように、怪盗が槍で海獣の眼を貫く姿を、自らの魂を震わせる光景を、彼は見たかったのだ。 その祈りは、望まぬ歪んだ形で叶えられた。船が凪いだ蒼の海域に差しかかったとき、どこからともなく歌声が響いた。それは人の声ではなかった。旋律を持たず、それでいて酔った水夫の魂を直に掴み取る響きだった。風を失った帆は垂れ下がり、船はたちまち動きを止める。やがて、すぐ近くの海面に蒼白で美しい女性の顔が浮かび、「ここを通るなら供物を差し出せ。さもなくば船ごと海底へ沈める」と彼らに告げた。 しかし、レッド・ミラーはその要求を拒んだ。乗員全員に蜜蝋で耳を塞がせ、歌の魅了を防ごうとする。だが、効き目はなかった。伝説の前では俗世の理屈など無力であり、致死の歌に囚われた水夫たちは恐慌に陥った。彼らは総督邸から奪ったモラの箱を次々と海へ放り投げ、「これで通してくれ」と言わんばかりに金色の円盤を紺色の海の底へと沈めていく。だがセイレーンは、人間の富の象徴など意にも介さない。彼女の飢えた視線は、水夫たち一人ひとりに注がれていた。 かつて絞首刑の縄から逃げおおせた怪盗も、そのときばかりは屈せざるを得なかった。レッド・ミラーの刃が、冷たくジーマを指す。しかし、ジーマは抗わなかった。これこそが、故郷を離れ、求め続けてきた彼にとっての「唯一無二」の瞬間だったからだ。冷たい海水が頭を覆う刹那、彼の脳裏に氷像となった友の顔が浮かぶ。雪の娘の接吻で凍りつき、陶酔の笑みを見せたまま息絶えたその姿が。彼は「繰り返し」を忌避し、生涯をかけて既知の結末から逃れようとした。だが最期の瞬間、すべての逃避行は、鏡の向こう側に映る同じ結末へと繋がるのだと知る。その冒険は、新たな物語を生むことなく、古い物語の誰も気に留めぬ脚注となって終わった。 ゲーム内テキスト(1937文字)